
※R15作品です。15歳未満の方はご遠慮ください
第五話………生きる道標となった革命
「実はね、私」
単位制高校で知り合った新たな親友、スズリは、口火を切った。
彼女の眼は透明な膜で潤っている。
「私は実の父親を知らないの。だから、母子家庭で暮らしてたんだ。そして、あれは私が小学五年生のときだった。
日曜日の朝、起きたらお母さんがいなくて、手紙とお金の入った封筒がダイニングテーブルの上に置いてあった。
手紙には謝罪と『おばあちゃんにお世話になりなさい』と書いてあった。お金は確か数百万円入ってたと思う」
スズリは涙を流しながら静かに、そう話した。
少しでも空気を明るくしようと現在の話に持っていこうとしたサユミだったが、的が外れた。
「それで、おばあちゃんと一緒に住んでるんだ?」
サユミがそう聞くとスズリは一瞬黙ってしまった。
そして、重い口を開く。
「おばあちゃんは良い人だよ、良い人だった。でも、去年の五月におじいちゃんを事故で亡くしてから認知症になっちゃって。だから、ケアマネジャーの人と相談して施設に入ってもらった。かわいそうなことをしたと今でも思うけど」
スズリは思い詰めた顔をしたまま遠くの何かをじっと見つめている。サユミはその様子をただ、ただ見守るしかなかった。
二人の暗い沈黙を破るようにチャイムが鳴った。三限目を知らせるチャイムだった。
サユミとスズリはその時間は受ける教科が違った。そのため、お互いに「じゃあね」とだけ言ってその場を後にした。
* * *
「サユミは革命を起こす件をスズリちゃんに提案するのを申し訳なさそうにしてるけど、それは間違いではないと思う。逆に、スズリちゃんを元気付けるきっかけにもなるんじゃないかな」
ふと、謎の声であるクスキはそう言った。
クスキはあるキッカケをサユミに差し出した。その『キッカケ』がどのような効果があるのかサユミは見当もつかなかった。
* * *
日曜日。サユミ達は県内にある、大きな街の老舗デパートに訪れるため高校の最寄駅で待ち合わせた。そのデパートの美術館で『花のハンドメイド展』が開催中ということで二人は今日行くことにした。その知らせをサユミに教えたのは、スズリではなくクスキだった。
スズリは待ち合わせの時間よりも五分ほど早く来ていた。
「待たせてごめんね!」
サユミはスズリに慌てて駆け寄り、顔の前で手を合わせた。
スズリは「大丈夫」と言いながら微笑んだ。
二人は切符を買って改札を通った。
電車を待つ間、まだ五月というのに照りつける日差しが夏の始まりを予感している。吹く風が心地よかった。
* * *
電車に乗って座席につくなり、サユミはスズリが着ている白い七分袖のブラウスの丸襟に鮮やかなピンク色の花が花冠のように襟に沿って施された刺繍に目がとまった。その刺繍はプロ並みに繊細で細かなところまで丁寧にステッチがされている。
サユミが刺繍について尋ねるとスズリは誇らしげに言った。
「この刺繍はおばあちゃんが施してくれたの」
サユミは目を見開いた。スズリは何かを懐かしむように襟の刺繍を見つめながらこう言った。
「実は、認知症になる前のおばあちゃんは刺繍作家でさまざまな刺繍を施したタペストリーや小物で生計を立ててたんだ。私の小物にも刺繍をしてくれたの。ちなみに、この花は」
「エキナセア!」
サユミとスズリは同時にその花の名前を言って二人で笑った。
「知ってるの?この花のこと」
サユミは以前通っていた高校でのあの日の出来事を話してエキナセアの写真を見せた。
「すごーい!この写真通りのクオリティだ」
「そうだね。いい仕事してるね、おばあちゃん」
サユミのその一言にスズリは穏やかに微笑んだ。
その目からは涙がこぼれそうだった。
「ありがとう。おばあちゃんは私が落ち込んでるときに、この花の花言葉を意識してこの刺繍をしてくれたの。『心のお守りとして着てね』と言って。だから、思い入れがあるの。褒めてくれて本当にありがとね」
「いえいえ。優しいね、おばあちゃん」
「うん!実は、おばあちゃんが元気な時に刺繍の基礎をしっかり教えてくれたんだ。だから今は勉強中の身だけど、今度サユミちゃん用に刺繍を施した小物をあげるね!」
「ありがとう」
* * *
目的の駅に着くまで残り一駅になった頃、スズリは電車に揺られながら田舎だったあの風景から市街地の風景へと変わった窓の外を眺めている。まるで、夢に期待を込めて上京する、まだあかぬけてない少女のように。
その隣でサユミはクスキと心の会話をしていた。
「スズリちゃんはサユミのいいパートナーになると俺は思う」
「そうだね!小さな革命が起こせる気がしてきた。ありがとう」
「革命に小さいとか大きいは関係ないよ。たとえ革命を起こした事柄が小さくても、いい意味で世の中に広まれば偉大なる革命になるから」
* * *
デパートの美術展の中に一歩入るとまず目の前に飛び込んできたのはウエディングドレスだった。
それは、白いシルクの布の上に全体を白の花のレースで飾ったプリンセスラインのウエディングドレスだ。プロのレース編みの職人の繊細な技により、格が上がって見える。サユミは編み物教室で少しかじったことがあるレース編みを思い出した。
奥へ進んでいくほどサユミたちは無言になる。話す言葉を忘れるくらいどの作品も圧巻だ。
スズリはある作品の前で立ち止まって動かない。「どうしたの?」とサユミが小さな声で尋ねかけた時、作品を見て息をのんだ。
そこには、スズリのおばあちゃんの名前、『春田 しのぶ』と共に作品名が書かれたプレートがあった。豪奢なフレームの中に大きな刺繍の絵が飾られている。ある花束を持って微笑む空色のワンピースを着た女の子の作品だ。花はカモミール。その女の子はどう見てもスズリ本人だ。作品名は『不屈の少女』。
カモミールの花言葉は確か『逆境に耐える』だ。きっと、スズリの心の強さを表しながら、彼女に「あなたはその心を持っている」というメッセージを送っているのだろう。
スズリは涙声で「ありがとう」と何回も力無くつぶやいていた。
* * *
サユミたちはデパートのカフェで昼食を共にした。食後にアイスコーヒーを飲みながら、美術館の余韻に浸っていた。
サユミは口火を切った。
「スズリちゃん。刺繍で服作りの手仕事に関わるのはどうかな?おばあちゃんに立派に夢を叶えたスズリちゃんの姿を見せたら喜ぶと思う!」
「サユミちゃん、ありがとう。だけど、そこまで鮮明に考えてなかった。そんな風に自分を肯定できなかった。だから、自信がついたし、嬉しいよ!ありがとね!」
「私は写真を撮るしかことができないけど。その分、写真でスズリちゃんの刺繍の良さをアピールさせるよ!私は私で自分の写真を世に広めたいし。お互いに二人で、人生に革命を起こそうよ!」
サユミの『革命』という言葉に思わず笑ったスズリだが、スズリは満面の笑みでこう言った。
「一緒に人生をバズらせよう!」
その時、クスキがあの時言った『鈴の音色』がサユミには聞こえた。