※R15作品です。15歳未満の方はご遠慮ください
第七話………共に夢を叶えた声はシンユウ
スズリが服飾の専門学校を卒業して三年が経った春。サユミとスズリは約二年ぶりに再会した。そして、高校生の頃二人で美術展を巡った後に革命を誓ったあのカフェで久しぶりの近況報告をしていた。
サユミは相変わらず事務員の仕事をこなしながら、東京で知り合った栗村の師匠である専門学校の教師、秋成恵子から特別に少しずつ写真の基礎を学んでいた。
彼女はサユミにフィルターを通して自分色を出すことを勧めた。
サユミの写真の色合いは恵子に出会う前と比べると格段に良くなった。アンニュイな雰囲気はそのままで、サユミしか出せない色彩がまるで絵画のように表れていた。
一方でスズリは専門学校を卒業したのち、アパレルメーカーに就職して本格的に服作りにふけっていた。
デザインはまだ任せられないものの専門学校で身につけたスキルを存分に発揮していた。スズリは服の仕立てだけではなく、得意としている刺繍の技術も重宝されている。
サユミと約束した革命のための服のデザインを考えながら慌ただしい毎日を送っている。
そのようなことをお互いに話し、花を咲かせた。
* * *
それから数ヶ月が経った夏。革命のための作品が出来上がった。あとは、個展の場所と日程を決めるだけだ。
サユミとスズリは栗村に個展の相談を持ちかけると栗村が画廊主に頼み込んでくれた。
すると、かつて栗村が個展を開いたあのギャラリーをサユミたちのために貸してくれることになった。
早速、二人は栗村や恵子、そしてスズリの上司でありスズリと同じように夢を追っている乃木香澄の三人の先輩に助けられながら準備を始めた。
* * *
「あの栗村の弟子の写真が見れる」とか「カスミンの部下の作品はどんなものだろう」という先輩の七光から広がった口コミとサユミのインスタグラムでの宣伝効果により、個展は初日から大盛況だった。
作品は、サユミがフィルムカメラで撮影したさまざまな風景写真と、スズリが施した刺繍で飾られたドレスが組み合わさったものが、一つの作品として展示されている。その作品は二十作品近くにのぼった。
『弓鈴』と題された今回の個展は『鈴をつけた矢が偉大な力を持つ弓によってどこまでも音色を落としていく。その可能性は無限にある。つまり、須山サユミが撮った一つしかない景色という矢が、春田スズリの巧みな技術という弓によってさまざまな人の心に転機という名の新しい音色を響かせるのがテーマ』とされている。
そのテーマから訪れた客はそれぞれの感動を味わった。
「スズリちゃん、ありがとう!スズリちゃんの努力の成果がこの反響を呼んでくれたんだよ」
「ううん、サユミちゃんも頑張ったよ。二人の力が、弓と鈴のついた矢がこんなにもたくさんのお客様の心を掴んだんだよ」
「そうだね!スズリちゃんのそのひと言、すごく心に沁みるよ。改めて、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
そう言って二人はハグをした。周りの客からはまさかこの二人があの作品たちを生み出したとは思ってないかもしれない。
一番反響が大きかったのはサユミが一人旅で探し当てたあのエキナセアを彼女の現在の視点で撮った写真と、淡い空色のドレスのスカートの部分にエキナセアの刺繍が二等辺三角形のようにラインに沿って前面に施された作品だ。名前は『君の守り神』だ。
快晴の空の下で咲くエキナセアがドレスという形で体現されている。
「エキナセアという花の色鮮やかさが夢を背負って立ち向かう人々の希望という後ろ盾になると信じて欲しい」
それが二人の届けたかったメッセージだ。
二人のこの個展は二人の地元でちょっとしたニュースになり、話題を呼んだ。
サユミはインフルエンサーになり、勤めていた会社を退職後フリーのフォトグラファーになった。スズリは現職の会社で個人のブランドを立ち上げることになった。
さらに個展のために作成した図録は重版が決まり、革命は大成功した。
* * *
革命が成功した数日後。クスキがサユミにとんでもない告白をサユミにした。
クスキは突然尋ねた。
「『朝目覚めたらサル山のリーダーになっていた出来損ないの僕』っていうアニメ知ってる?」
「タイトルが面白いと思って見たことあるよ」
「あの主人公の木和田の声優が俺なんだ」
サユミは言葉に詰まった。クスキが言っていることが全く読めない。
「嘘でしょ?」
「嘘じゃない。『クスキと呼んでくれ』と言ったのは、俺があの楠木涼治ということに気づいてほしかった。でも、それだけでは意味なかったな。俺は無名のまま亡くなったから」
「クスキのことには詳しくないけど、私はあのアニメの木和田に憧れてたよ。あんな風に突然、別の立ち位置に就いて強くなりたいと思ったよ」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。俺はあのアニメをサユミみたいな子達の応援歌にしたかったから。だけで、あのアニメの最終回の放送当日、俺は殺されたんだ。飲酒運転の車にひかれて頭の打ちどころが悪くて、亡くなった」
そういえば。と、サユミは半年くらい前の交通事故のニュースを思い出した。原因は飲酒運転でスピードを出し過ぎて信号無視をしたことによる身勝手な犯行だ。
「でも、どうしてクスキは私と話せるの?」
「その理由は俺が成仏できてないからだ」
「えっ?」
「俺はサユミみたいにたくさんの挫折を味わってきた。『サル山』のアニメの次は憧れていた作家の初のアニメーション映画の主役に抜擢されていた。その夢を、俺を殺した奴が奪った。悪霊として本当はそいつに復讐をしたかった。だけど、サユミを見かけてふと思ったんだ。この子に俺が果たせなかった革命のようなものを起こしてほしいと」
サユミの目からポロポロと涙が流れた。涙は止まらないくらいクスキの無念に同情している。クスキは続けた。
「それで俺はサユミの心に寄り添った。世間では俺を『幻聴』と言うだろう。だが、違う。俺はサユミの心友だ。心と心がつながった『声のシンユウ』だ。これが俺の正体だ。サユミは夢を叶えたけど、これからも俺はサユミを応援し続ける。頑張れよ」
「クスキ…ありがとう……」
サユミは楠木涼治の写真をネットで検索して顔写真を見つけた。
「かっこいいじゃん、意外と」
そう言ったサユミのひと言にクスキは
「恥ずかしいから見るな」と苦笑いした。
「クスキ、私の人生をバズらせてくれてありがとうございます」
「いや、お前の勇気が行動力へと結びつけたんだよ」
サユミは素敵な心友を持ったことに心から感謝した。
サユミはクスキのことは誰にも話さずに心の中に留めていた。
なぜなら、心友は誰にも知られたくない『宝者』だから。
