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【明屋書店コラボ記念コラム】沖田円先生「書店と私」

2021年5月10日 投稿

例えば中学生の自分に「きみ将来小説家になるよ」と言っても一切信じないでしょう。それほど私は小説に縁がない子どもでした。

私にとって本と言えば漫画か、もしくは大好きなさくらももこさんのエッセイくらい。国語の授業も苦手で、小説なんてものは小難しく、面白くないものだと思っていました。

 

小説に触れたのは高校三年生の冬。進路を早々に決め暇を持て余していた私は、大好きな漫画を買うついでに、なんとはなしに一冊の小説を手に取りました。確か、村上春樹さんの神の子どもたちはみな踊るだったと思います。

進路が決まる前、入試の対策として“面接時によくある質問”というのを担任の先生から教わりました。その項目のひとつに「最近読んだ本は?」という問いがあり、普段から漫画しか読んでいない私は漫画のタイトルを答えるしかなかったのですが、まあ、なぜかこういうとき漫画は除外される傾向にあります。つまり、私はその問いに答えることができなかったのです。

結局本番の面接でその質問はされず(それどころか練習した内容はひとつも出てきませんでした。本番はノリで乗り切りました)漫画しか読んでいなくてもとくに困ることはなかったのですが。そういえば教科書に載っているもの以外小説なんて読まないなあ、という気づきがしばらくの間心に残りまして、無事志望校に合格し諸々落ち着いた頃、いっちょ試しに読んでみようかと、書店で小説を手に取ることとなったわけです。

 

なぜ『神の子どもたちはみな踊る』を選んだかと言えば、あまりに小説というものを知らず、何を読めばいいかもわからず、とりあえず、知っている作家の本を手に取ったからに過ぎません。そう、当時の私は村上春樹くらいしか現代の小説家の名を知らなかったのです。

正直に言うと、「面白い!」とはなりませんでした。選んだ本は、読書初心者の私にはまだ少し難しかったようです。

ただ、もう読むのをやめよう、ともなりませんでした。一冊の本を読み切ったことで「私のようなちゃらんぽらんな人間でも小説を読むことができるんだ!」という自信がついたわけですね。私はとても単純なところがあります。

さて、他にも読んでみようという気になった私は、近所の書店に行き、村上春樹さんの小説を少しずつ買い集めました。初めは目当ての本だけを捜していましたが、やがて棚に並ぶ他の作品も見るようになり、気になった表紙、あらすじの本を適当に買うようになりました。そしていつの間にか、小説が好きになっていました。

 

小説が好きになるのと同時に、書店の面白さにも気づきました。気にして見てみれば、どこも同じだと思っていた書店は意外と個性に溢れていたのです。各店で推されている本が違い、出会える本も違います。

私の趣味は“読書”“書店に行くこと”になっていました。愛車を乗り回し、地元の安城市を中心に、三河近辺の書店を休日のたびに巡りました。ふらっと電車に乗って名古屋市内に行くこともあります。広い売り場を長時間さまよって買った本たちはずしりと重く、持ち帰るのにヒィヒィ言ってしまいますが、重さの分だけ楽しみも増えるので、なんとかぎりぎり家まで頑張れます。

 

自分の小説が初めて本になったとき、発売当日に、勤め先の最寄りの書店へ行きました。仕事終わりや休憩中にしょっちゅう利用していた書店さんです。客として何度も利用したお店に自分の作品が並んでいるのを見たとき、味わったことのない感動を覚えました。誰も見ていないか周囲を確かめてから、並んだ自分の本の表紙を軽く撫で、にやにや気持ち悪く笑ったものです(もちろん手は清潔にしておりました)。

二作目を出したときには担当さんと地元書店への挨拶回りをしました。初めてのことでひどく緊張していたのですが、書店員さんたちに快く受け入れてもらい、安城市出身、愛知県出身の地元作家として応援してもらえることを、とても心強く思いました。

愛知県民って、地元愛があまりない人が多いという話を聞いたことがあります。実は私もそうでした。愛知で生まれ育ちながら、それほど愛知県に親しみを感じていたわけではありません。

でも、作家になって、少しだけ地元のありがたみを知ったような気がします。自分の町だと言える場所があり、同じ場所で暮らす人がいる。その人たちに応援してもらえることは、たぶん、応援する側が思うよりずっと力になるものなのです。

地元の書店員さん、地元の読者の皆様に「地元の作家だよ」と胸を張って言ってもらえるような小説家になりたいな。今はまだ、自信がないですが。いつも行くあの書店さんにたくさん著書を並べてもらって、そして、かつての私のように小説に縁遠かった人が、私の本を手に取って小説の面白さを知ってくれたら、なんてことを、私は今日も夢見ています。

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千年桜の奇跡を、きみに 神様の棲む咲久良町

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村上春樹/著
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