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【バイヤーO】の現代ミステリ概論 第6回 「日常の謎」編

2021年2月17日 投稿

ミステリ好き【バイヤーO】の偏愛暴露企画。
第六回は作家特集ではなく、本格ミステリ内の「日常の謎」ジャンルについてご紹介。
殺人・誘拐といった刑事事件の介在しない、日常生活でのちょっとした謎・不思議が描かれる作品の総称です。
海外にも「コージィ・ミステリ」(ほのぼの系、とでも訳すのでしょうか)というジャンルはありますが、日本においては「お仕事小説」なども含んで、独自の発展を遂げています。
まずはその偉大すぎる嚆矢から…例によって敬称略ご寛恕下さい。


元祖にして至高。北村薫(きたむら・かおる)『空飛ぶ馬』

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空飛ぶ馬

著者名
北村薫/著
出版社名
東京創元社
税込価格
792円

1989年刊行のデビュー作。新本格勃興期、講談社ノベルスと並ぶその牙城・東京創元社から、(当時)覆面作家としてのデビューでした。

女子大生の「私」が見聞きした日常での不思議…珈琲に砂糖を入れ過ぎる女子高生や、幼稚園から消え、また戻された木馬など…を、知遇を得た落語家・円紫師匠との語らいの中で解決していく作品集。

ささやかな謎と不思議から、「あっ」というような視点やロジックで露になる、人間の姿とそのドラマに、ミステリとしてのカタルシスが宿ります。特に表題作は感涙間違いなしの傑作、これを書いてる今も初読の感激がよみがえって泣いています。
ありふれた現実の風景が、捉え方ひとつで感動的に、あるいは時に残酷に、それぞれドラマティックに変貌する、豊かなものであるということ。時にそれは猟奇的な殺人事件や驚愕のトリックを超えて鮮烈に…『空飛ぶ馬』は一作で、「日常の謎」の持つ可能性を指し示す里程標となりました。

以降「(円紫師匠と)私シリーズ」は現在まで六作刊行。主人公「私」と共に時を重ねています。
季節、時間の移ろい、その中で変わりゆくものと変わらないもの…作者一流の、包容力がありつつも鋭利な文章で紡がれる、豊かな流れにたゆたうような読書体験は、ミステリというジャンルを超えた文学として貴重なものです。

作者の豊穣たる作品群のうちでは、昭和初期、激動の時代の上流階級社会を描く「ベッキーさんシリーズ」もおすすめ。
シリーズ第三作『鷺と雪』で直木賞を受賞しています…遅すぎたぐらいじゃない?

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鷺と雪

著者名
北村薫/著
出版社名
文藝春秋
税込価格
693円

やさしくてあたたかな魔法。『ななつのこ』と『魔法飛行』

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ななつのこ

著者名
加納朋子/著
出版社名
東京創元社
税込価格
660円

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魔法飛行

著者名
加納朋子/著
出版社名
東京創元社
税込価格
616円

加納朋子(かのう・ともこ)は『ななつのこ』で第三回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。第二作『魔法飛行』とその後の『スペース』を通じて、主人公・駒子の成長を描いていきます。
北村薫「私シリーズ」の最も正統的な後継と言える、ハートウォーミングな「日常の謎」連作ですが、安楽椅子探偵どころではない往復書簡探偵を用いたことで、逆に「人と人とのつながり」を浮かび上がらせたところにこのシリーズ独自の妙味があると思います。特に『魔法飛行』は、当時男子高校生のミステリマニアの、こまっしゃくれたハートを溶かして号泣に導いた、マジカルな傑作です。
作家の性別を云々するのは本質的ではありませんが、それでもこの世界を照らすあたたかさとやわらかさは、やはり女性作家ならではの美質だと思います…覆面作家当時、女子大生だと思われていたという北村薫(実際は当時不惑間近の男性)もさすがですけどね。


ミステリ界最高の「花板」。北森鴻(きたもり・こう)と「香菜里屋」シリーズ

第六回鮎川哲也賞を歴史芸術ミステリ『狂乱廿四孝』で受賞しデビューした北森鴻は、2010年に急逝するまで、骨董や民俗学など、多彩な題材を元にいくつもの傑作を遺しましたが、その中で「日常の謎」史に刻まれるべき作品が、『花の下にて春死なむ』に始まる「香菜里屋」シリーズ。

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花の下にて春死なむ 新装版

著者名
北森鴻/〔著〕
出版社名
講談社
税込価格
748円

三軒茶屋の路地裏にひっそりと店を構えるビアバー「香菜里屋」のマスター・工藤が、客が持ち込む謎を解決するシリーズ。ちょうどこのタイミングで新装版連続刊行です! 講談社文庫最高! 骨董ミステリ冬狐堂シリーズ再刊してくれてる徳間文庫も最高!

殺人が扱われることもあるのですが、このシリーズで工藤が解き明かすのが、それぞれの謎を通した「人生の姿」であることは確かでしょう…ビターテイストでオトナな「日常の謎」として、忘れ難い存在感を放つ傑作です。

そして特筆すべきは、「香菜里屋」で工藤が供する料理の、圧倒的な「美味しそう感」。不勉強で池波正太郎を読んだことがないので文芸全体でのことは分かりませんが、少なくともミステリと近縁のエンタメの中で、こんなに美味しそうに料理を描く作家を知りません。

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メイン・ディッシュ

著者名
北森鴻/著
出版社名
集英社
税込価格
693円

そして北森作品からもう一作。この作品の中で描かれる「グルテンのフリット」が、私が読んだあらゆる小説の内で最も美味しそうな料理でした…ってメシの話ばっかりじゃなく、小劇団界隈での事件を描く連作短編集として、料理描写を度外視しても、「連作」としてミステリ史上屈指の完成度を誇る傑作です。

ぜひ併せて、ミステリ界随一の「花板」の味をご堪能ください。


史上最難の「日常の謎」!? 「五十円玉二十枚の謎」とは

たとえば「密室」「アリバイ」といったフォーマット性や、事件の派手さとケレンがない分、「謎」そのものの魅力と不可解さ、それを解き明かす論理展開の独創性が、より自由に、ラディカルに立ち上がってくるのが「日常の謎」の魅力であるかもしれません。
そうした意味で、三十年近く、ミステリ作家と読者たちを悩ませ続けてきた、伝説の「謎」をご紹介します。

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競作五十円玉二十枚の謎

著者名
若竹七海/ほか著
出版社名
東京創元社
税込価格
902円

舞台は池袋のある書店。土曜日になると五十円玉二十枚を握り締めた男が現れ、レジで両替を依頼、千円札を受け取るととそのまま立ち去っていく。
毎週繰り返される男の行動の意味・目的は…?

作家・若竹七海の実体験をベースとしたこの謎は、仲間内での雑談の席で語られたことから盛り上がり始め、やがては小説型式での解答を公募、上記のアンソロジーが編まれるに至ります。
一般公募作には後にプロデビューし「猫丸先輩シリーズ」などの「日常の謎」で名を馳せる倉知淳の作もあり、またプロ作家でも法月綸太郎や有栖川有栖という名だたるロジックの鬼が解答編を寄せる中、私見ですがそのどれもがこの謎の完全な解答には至っていないように思われます。
日常のありふれた風景の中に、合理では説明しきれない謎が隠されていること…「日常の謎」の懐の深さ、面白さが端的に、しかも現実の事象として現れている好例です。

世紀をまたいでも、俊英・青崎有吾がアレンジ・バージョンの短編を発表したりと、未だ完全には解かれず、命脈を保ち続ける「日常の謎」。
きっとこれからも、ミステリファンは思い出したように口の端に上らせることになるでしょう。「そういや、五十円玉のやつってさ…」と。

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風ケ丘五十円玉祭りの謎

著者名
青崎有吾/著
出版社名
東京創元社
税込価格
792円

「日常の謎」最強のカタルシス。 七河迦南(ななかわ・かなん)「七海学園シリーズ」

最後にご紹介するのは、私がここ十年で最も衝撃を受けた本格ミステリです。

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七つの海を照らす星

著者名
七河迦南/著
出版社名
東京創元社
税込価格
968円

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アルバトロスは羽ばたかない

著者名
七河迦南/著
出版社名
東京創元社
税込価格
1034円

第18回鮎川哲也賞受賞のデビュー作『七つの海を照らす星』と、第二作『アルバトロスは羽ばたかない』は、共に児童養護施設・七海学園を舞台に描かれています。
そこで暮らす子どもたち、それを支える大人たちの群像と、彼らが直面する謎・事件を連作短編として描く物語は、どこまでも丹念で、そしてそれ故の衝撃で感情を揺さぶってきます。私は号泣しました。
謎を通して、人間の思いと、その繋がりを描く。「日常の謎」だから実現できた圧倒的なカタルシスを、体験しないテはありません。
あまり詳しく語れないタイプの作品なのですが、児童養護施設の内幕については、保育士として働いていたうちの母親も、リアリティに太鼓判を押してました。「矯正施設の子たちはフィジカルが違うんだわ」なんて、サッカー解説者みたいなこと言って懐かしそうでした。



※商品は各店舗でも取扱い中です。


書いた人:バイヤーO
ミステリ好きバイヤー。
北村先生は専業になる以前に高校の国語の先生をされていたのですが、その時の教え子に片桐仁氏(俳優/彫刻家、ex.ラーメンズ)がいます。
運命感じちゃいますね!!(なにがだ)

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