特にこれといった目的もなく、僕はフラっと本屋さんに行く。
お酒の席で「とりあえずビール」という台詞が出ることがあるらしい(僕はほとんど呑まないので実際にそんな場面に遭遇したことはない)が、僕にとっては「とりあえず本屋さん」という毎日だった。
別に書店さん向けのコラムだから、媚びてるとかいうわけではない。
僕はごくごく子供の頃から、ヒマがあってかつ家にいてもつまらないなと感じたら、足が勝手に書店に向かってしまうのだ。もはや習性に近い。学生時代はほぼ毎日、どこかの書店に僕は出没していたと思う。もちろん、僕の家はそんなに裕福なわけではなかったので、何も買わずに帰る日の方が圧倒的に多かった。
毎日のように来るくせに買うのは十日に一回くらいなので、もしかしたら、僕は書店員さんにとってあまりいい客ではなかったかもしれない。(ごめんなさい。)
だが、社会人になり就職すると、僕の書店に通う頻度は週一くらいに減ってしまう。
僕は朝から晩まで仕事に忙殺されるようになったのだ。残業で夜十時過ぎは当たり前という生活になり、書店に行きたくても行けない。僕が会社から解放された頃にはもう、書店さんは電灯を消して、シャッターを下していた。当時は今のようにネット通販なんてなかった(あったかもしれないがメジャーではなかった)ので、どうしても買いたい本の発売日だったのに、買えなかったという経験が何度かある。
そんなことがあるたびに僕は「俺は好きな本を買うことすら許されないのか?」と自分の不自由な境遇を恨み、お決まりの「こんな会社すぐに辞めてやる」という思考に行きつくのである。もちろん、小心者の僕は昨夜の決心などなかったかのように、次の日もまた名鉄電車に揺られて、家から金山駅そばにある本社に向かうのだが。
一度、どうにも気が進まなくて会社に向かう途中、金山駅で下りた後、「気分が悪くなった」と連絡を入れて出社しなかったことがある。
僕は駅ビル内にあるドトールコーヒーに入って、ホットコーヒーを飲みながら、お気に入りのライトノベルを読み、たまに窓の外を行きかう人達を眺めていた。季節は春先でまだまだ肌寒い中、多くの勤め人と思しき人達は、足早に構内を移動していた。彼らには何の迷いもないように僕には見えた。
その時、僕は予感したのだ。
たぶん、僕はこのまま会社員として一生を過ごすことは出来ない、と。
それから割とすぐに僕は、新卒で入社した会社を辞めて故郷である名古屋を出た。
そして、紆余曲折を経て、作家になり、現在は名古屋に戻って三洋堂書店の本部でサイン本を作ることになった。
毎朝、会社に向かう満員電車の車窓から見ていた大きな赤い看板を思い出す。何だか、ぐるり、と回って懐かしい場所に帰って来たという感じだ。
うん、今日もとりあえず本屋さんに行こう。
閑話休題。
拙作『死に至る恋は嘘から始まる』の中で、主人公の少年は初恋の相手との初デートに名古屋港水族館に行く。
僕は以前、生まれて初めてのデートで映画館を選んで、その相手とはそれきりになった。後日、友人に「初デートで映画はハードルが高い」と指摘されて悔しい思いをした。
せめて自作の登場人物には僕と同じ過ちを犯してくれるなと水族館にした。これが正解かどうかは、同郷の人達の意見を聞きたいところだ。
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死に至る恋は嘘から始まる
- 著者名
- 瀬尾順/著
- 出版社名
- 新潮社
- 税込価格
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- 著者名
- 藤原伊織/〔著〕
- 出版社名
- 角川書店
- 税込価格
- 902円