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『神様のプロット』第10話

2026年9月11日 投稿
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10話

 鉛筆を握りしめて、何時間が経っただろうか。あまりに夢中で中指にペンだこができてしまい、パンパンに腫れて真っ赤になってしまった。
「ふぅ……ちょっと集中しすぎたな」
 そう呟いて、鉛筆を机に置く。
 頭の中でのイメージは、かなり固めることができた。凝り固まった肩を自分でほぐしていると、部屋の扉がノックされたと同時に母の声が聞こえてきた。
「辰希、ご飯できたけど食べる?」
「うん、分かった。今から行くよ」
 母の言葉を聞いて緊張の糸が切れたのか、急激にお腹が空いてきた。この数時間、水さえも口にせず柊太のアイデアノートと向き合っていたのだと自覚する。隣で開いていた自分のノートを一緒に閉じ、作業を終えて母が待つダイニングテーブルへ向かった。

「随分集中してたみたいだけど、大丈夫なの?」
 箸を進めながら、母がそう問いかける。
「うん、大丈夫。今さっき大丈夫になった」
「何よそれ? 変な言い回しするのね」
 素直にそう答えると、母は少しだけ笑ってそう答えた。
 久しぶりの母の味だ。この前の同窓会で食べた豪勢な料理より、こっちの方が何倍も落ち着く。まだ実家を巣立つ前に漫画を描いていた記憶が、味と共に蘇ってくる。
「──柊太、いただろ。僕と一緒に漫画描いてた同級生。覚えてる?」
「もちろん覚えてるわよ。病気で亡くなっちゃって気の毒だと思うわ……。辰希だって、ものすごく落ち込んでたしね」
「柊太がさ、亡くなる前に僕にアイデアノートを遺してたんだ。五年も前に受け取ってたんだけど、ずっと中身見れなくてさ……。さっき、初めて見た」
 東京で一人暮らしを始めてからは、母に漫画の話をすることはあまり無くなった。頻繁にはこっちに帰ってこれないし、柊太がいなくなってからは……本当は順調ではなかったから。今、箸を止めて、久しぶりに漫画のことで母へ本音を吐き出している。
「そう──。で、どうだったの?」
「正直……すげぇと思った。柊太無しで一人で描かなきゃって必死になってたけど、やっぱり柊太には適わないって──。プロになれて何年も経った今でも、僕はあの時の柊太を超えられていなかったよ」
「──辰希がそこまで言うの、珍しいわね」
 母は少し驚いたように目を見張ったあと、僕の顔をじっと覗き込んだ。悔しがるこちらの表情を、母は温かい眼差しで見つめている。
「大事にしなさいよ。柊太君の思いは、辰希が形にするしかないんだから」
「うん──分かってる。ありがと母さん」
「別に私は何もしてないわ」
 そんな言葉を交わして、再び箸を進める。

 大丈夫。目の前の道は、もう開けた。あとは自分の情熱に身を委ねて、ペンに乗せられればそれでいい。そんなことを思いながら、母の味を噛み締めた。
 
   *

 その後、僕は東京に戻ってすぐに作業に取り掛かった。月刊配信ブライトへの公開へ向けて、まずは第一話の原稿を製作。ペンの進みも、僕の心も、迷いは無かった。
「昨日の僕を、君が殺して──。良いタイトルですね。奥田先生の魂が宿っているように感じます。これは売れますよ」
 あれだけ危機感に満ちていた今枝さんも、僕と同じように手応えを感じているみたいだ。出来上がった原稿を食い入るように見つめる今枝さんの瞳には、かつてないほどの確信と熱量が宿っていた。

 そして──僕と今枝さんが思い描いた理想が現実になるのに、そう時間はかからなかった。
「根岸先生、これ見てください!」
 興奮気味に連絡をくれた今枝さんから、感想が書き込まれたスクリーンショットが何枚も送られてくる。
 公開した第一話から、今まで描いてきた漫画とは比べ物にならないほどの反響を呼んだ。ネクストの本誌では感じることのできなかった熱狂や衝動が、ダイレクトにこちらまで届いているかのよう。
 主人公が自分の記憶を代償に人々を救うエピソードが、泣ける漫画として大きな話題となった。同時に、月に一度の更新では満足できないと言ってくれる読者もたくさん現れるようになった。
「いける──。この漫画なら、いけるぞ──!」
 数えきれないほどの声援を受けながら、漫画家としての幸せを噛み締めてペンを握る日々。メディアでも[長年ヒット作に恵まれなかった漫画家が奇跡の復活]という見出しで特集が組まれ、時には取材を受けることも。

 僕は──漫画家として息を吹き返した。そう自信を持って言えるようになった。

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