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『その声はシンユウ』第一話

2025年7月4日 投稿

※R15作品です。15歳未満の方はご遠慮ください。
※この第一話にはいじめの表記があります。

  目次  次へ≫≫*7/25(金)更新

第一話………前途多難の高校生活

 彼女の心の中はモノクロ写真だ。
 だが、どの写真にも一輪の鮮やかなピンク色が咲いている。その花だけが彼女の痛みをひそかに癒していた。

 サユミと同じ中学校からこの高校に上がってきた子はいなかった。
 中学生の頃、サユミは同級生と上手くなじめず、ひとりぼっちだった。
 だから、同じ中学校出身の生徒のいないこの高校を選んだ。

 ふと、一人で読書をしているユリを見つけた。
 雪見だいふくのように柔らかそうな白い頬が印象的で、つややかな長い黒髪のポニーテールがその肌を際立たせている。

 ユリはいつも本を読んでいる。
 彼女の読んでいる文庫サイズの本には書店で無料でもらえるブックカバーが被せてあり、小説なのかエッセイなのかさえ分からない。
 ユリの容姿や本を読む視線が自分にはないものを感じて、サユミはこの機会を逃さまいと意を決してサユミはユリに聞いてみた。

「何を読んでいるの?」
 するとユリはこちらを振り向き一瞬、キョトンとした顔を見せたが「太宰治の女生徒だよ」と爽やかに微笑んで教えてくれた。
 彼女はブックカバーを外し、マスキングテープの装丁で洒落た表紙を見せてくれた。

「私は『誰も知らぬ』が一番好きだよ。私もこんな恋をしてみたいからめっちゃアナログだけど、公募に俳句を送ったりしてるの」
 女生徒という文庫本の中の一つである『誰も知らぬ』は、“誰も知ってはいないのですが、”から始まる四十一歳の安井夫人の視点で語られた小説だ。

 小説好きの同級生の芹川さんが当時の投書雑誌の愛読者通信欄で言葉を交わした慶応の秀才と文通をするようになり、やがて駆け落ちして幸せになるというお話。

 しかし、作品名の通り、この話を知っているのは語り手の安井夫人のみだという秘めた恋の物語なのだ。
 私もこの作品には憧れているが、芹川さんのような文才がない私には夢のまた夢の話だと思っている。

 二人とも小説が好きだった。
 そして、それよりも興味があったのは写真だった。
 サユミは国内外問わず有名な某ハイブランド系のファッション雑誌の写真を見るのが好きでそういった写真を撮ることに憧れを抱いている。
 一方、ユリはファッションブランドには限らず、さまざまな広告の写真を撮るのが夢だと言っている。
 二人は週末になると、市街地に出かけてショーウィンドウのディスプレイを見て写真を撮りながら散策する日もあった。
 二人にとって写真は、特にファッションはお互いの絆を結ぶツールともいえる。そんな二人が初めてサユミのスマホで撮ったサユミとユリのツーショットはユリの好きな雑誌に載っている少し高めのブランドのショップで買った色違いのワンピースを着て満面の笑みでピースした写真だった。この写真は一生ものになる、そうサユミは確信していた。
 あの遊びが始まるまでは。

*  *  *

「あいつに触れたら呪われるよ」
 クラスのある男子の一言がきっかけで、私はその『あいつ』に当てはめられ、鬼ごっこは始まった。
 私自身や私の机や椅子、私物などをタッチし同級生の誰かや物に触って移す、この遊びを楽しんでいる。
 私は誰かのそばにいることや何かに触ることさえ許されなかった。
 そのいじめが始まったのはみんなが高校生活にほぼ慣れてきた、定期テストが終わった一学期の終盤の頃だった。

 サユミはユリをいじめの標的にされることを避けたくて自分の意志でユリから離れて一人になった。
 そんなサユミを察知したのかユリはクラスメイトの輪の中に入り、いじめの傍観者になった。

 そんなサユミの心に謎の花びらが舞い降りる。
 それは姿の見えない声だった。

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