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『マッチング・ゲーム』第3話

2026年1月2日 投稿

3話

 食事の約束を交わして、迎えた次の週末。さっそくお互いの予定を合わせて、男性側が指定したお店の前で待ち合わせた。
「はじめまして、北見 桜子です」
中原なかはら 海斗かいとです、よろしくお願いします」
 そう言って軽く挨拶を済ませ、店内へ足を進める。
 前回の雄吾君と会ってから、まだ一週間しか経っていない。スピード感がありすぎて自分でも時々驚くことがある。だけど──イイ男は誰かに取られてしまう前に、自分の手中に収めておきたい。そう思うと、休日は一日たりとも無駄にはできなかった。
 スケジュール管理は抜かりなく。調整能力も、マッチングアプリを使いこなす為に必要なスキルだ。

 今日の相手は中原 海斗君。私よりも年下で、仕事は消防士をしている。短く切り揃えられた黒髪と、たくましく鍛え上げられた筋肉が、彼の清潔感を醸し出していた。
 オシャレな店内のイタリアンレストランで、それでいて価格帯も高すぎずリーズナブル。うん、お店選びの感性は合格点といったところか。異性と初めて対面する場としては申し分無い。
 そんなことを思いながら、お店の内観を眺めていると──メニュー表を手にしていた海斗君が、先に会話を切り出した。
「俺、年上の女性と会うの初めてなんですけど、桜子さんすごく綺麗で良かった」
「へっ?」
 思わず目線を彼の方へ向ける。照明が灯った店内で彼の表情をよく見ると、爽やかなかっこよさの中に、年下ながらのかわいい幼さも含まれている。
「な、何言ってるんですか──。お世辞が上手いのね」
「お世辞じゃないっす! マジで言ってますから」
「ふふっ、ありがとうございます」
 何人もの男性と会ってきた私でさえも、少しだけドキッとさせられるセリフだった。いや、何人もの男性と会ってきたなんて、海斗君の前では口が裂けても言えないけど。

 二人の雰囲気がほどよく和らいだところで、メニューを選ぶ。お互いに食べたいパスタと、お店の看板メニューであるマルゲリータピザを注文。シェアできる物を勧めて一緒に注文してくれるあたり、この人は女性の心を分かっていると直感的に思った。
 チャラさとは少し違う、嫌な気分にならない手馴れ具合。女性慣れしていない雄吾君も初々しくて悪くなかったけど──海斗君のような男性も好感が持てる。今日は稀に見る”当たり日”だと確信した。
 えつに入るような気持ちで雑談を楽しんでいると、しばらくして料理が運ばれてくる。美味しいイタリアンに舌鼓したつづみを打ちながら、たくさん会話をしてお互いのことを知っていった。
「桜子さんは普段何のお仕事してんすか?」
「私は商社で経理の仕事をしています。大学の時は経済学部だったので、数字には強くて」
「すごっ……! 俺は高校卒業してすぐ消防士になったから、全然分かんないや」
 海斗君はそう言いながら、切り分けたピザを美味しそうに頬張る。
 会うまでのメッセージで彼の経歴は聞いていて、たしかに高卒となると大卒に比べて収入面が少し不安だという気持ちはあった。だけど、その分勤続年数は長いし、決して貧相な暮らしをしているわけではないだろう。収入は高いに越したことはないけど、私もフルタイムで働いているし、ぶっちゃけ優先度はそんなに高くない。
「充分立派ですよ。消防士、かっこいいです」
「い、いやぁ──照れるっすね」
 そう言って分かりやすくリアクションする海斗君。
 忘れてはいけないのが、何と言っても消防士は公務員。私にとって、一番大事な要素はそこだ。令和になった現代、大事なのは収入の高さではなく安定性。派手で贅沢な暮らしよりも、安定して長く過ごせることの方がよっぽど重要だと私は思う。
 これは私の持論だけど──高収入な男性には、仕事の強烈なストレスと、他の女性の影が常に付きまとう。故に私をいつか大事にしてくれなくなる。そんなのは、私が求める安定とは程遠いのだ。

 いつもなら私が男性側を手のひらで踊らせているけど、今日は無理に気を遣わなくて良さそうだ。終始リラックスした気持ちで満たされながら、食事の時間はあっという間に過ぎ去っていった。

   *

「今日はありがとうございました。めっちゃ美味しかったし、楽しかったっす!」
「ふふっ、それなら良かった。私も楽しかったです」
 会計を済ませ、二人並んでお店の外へ出る。
 すぐに帰路へ向かうわけでもなく、自然とお互いが向かう合う。まるでパズルのピースがピタッとハマるような一体感。この雰囲気、私は好きだった。体育会系の部活のような語尾が少し気になるくらいで、あとは満点に近い。
「海斗君がよければ、また会ってくれますか?」
「もちろん! またご飯行きましょうよ!」
 その会話を最後に、お互い別々の帰り道へ足を進めた。

「──ようやく、理想の人が現れたかもしれないわねぇ」
 彼の姿が見えなくなったことを確認して、そう独り言を零す。意気揚々と踏み出す足取りは、いつもよりも格段に軽かった。
 長かったマッチングアプリ生活も、これで終わりを迎えられるかもしれない。しばらくは他にやり取りしている男性の優先順位を下げてでも、海斗君を捕まえに行く。彼にロックオンだ。

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