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『マッチング・ゲーム』第2話

2025年12月19日 投稿
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2話

 自宅へ戻り、ソファーで横になりながらスマホを取り出す。積み上がっている未読メッセージをタップしては返信し、まるで作業のように文章を打ち込んでいく。
 小気味こきみいいフリック音が響く、一人きりのワンルーム。街の喧騒が窓から入り込む静かなマンションだけど、寂しさは感じない。そんなことでは押し潰されないほどの、自立心と自信は持っているつもりだ。
 さっきまで会っていた雄吾君からも、[今日はありがとうございました。]とメッセージが届いている。句点や読点もしっかり打ち込むあたり、その生真面目きまじめさが滲み出ている。少しだけ迷ったけど──既読だけ付けて放置することにした。
「ふぅ……二回目も会いたいって思う人、なかなか現れないわねぇ」
 切実な願いを込めた呟きは、誰にも届かずポトリと落ちる。今日の雄吾君でもう何人目だろう……と、ぼんやり人数を数えようとしたけど、それすらも億劫になって途中でやめた。”もう一度会いたい”と心から思える人は、なかなか見つからないものである。

 マッチングアプリは、とどのつまり合理的に異性を見極めるゲームだ。星の数ほどいる会員の中から自分好みの男性を見つけてアタックし、交際まで導いていく。お互い恋人が欲しくてアプリを始めているのだから、合コンや友達の紹介よりも話が早い。
 ちなみに女性は基本無料だけど、男性はけっこうな月額料金がかかる。アプリに登録した当初、それはさすがに不公平でしょ……と思う時期もあったけど、その分こちらは本気度の高い男性を見つけやすいというメリットもある。それだけ男性に偏っている市場しじょうなのか、はたまたお金を出すことで見栄やプライドを満たしているのか──それは女性の私には分からない。まぁ、今は上手く乗りこなしながら有効活用している。

「こうやって探してる時間も意外と楽しいのよねぇ──」
 溜まっていた全てのメッセージに返信したところで、再び運命の相手探しの時間に没頭する。多種多様な条件を入力して男性を検索にかけると、たくさんの顔写真が出てくる。令和になった現代、ルックスで異性を判断するのはナンセンスだと思うけど、アプリで探す以上どうしても最初に目につくのが顔だ。自分好みの人を見つけた時は、やっぱりテンションが上がる。
 その顔写真をタップ。プロフィール欄に書いているステータスを見て、それでも問題が無ければ、[いいね]を押す。ちなみに、原型が分からなくなるほど顔写真を加工している人や、競馬やパチンコといったギャンブルが趣味の人は論外だ。信じられないかもしれないけど、こういう人は一定数存在するからこちらも注意しなければならない。
 恋愛は合理的に。令和には令和のやり方がある。その芯はしっかりと持って、[いいね]の返事を待つ。

 向こうも私を[いいね]と思ってくれれば、晴れてマッチング。メッセージがスタートする。

[はじめまして、桜子です!
 お写真の素敵な雰囲気に惹かれました。
 よければ仲良くしてください!]

 これもよく使うテンプレート。最近では初手の挨拶文を考えるのも億劫になり、マッチングした相手にはこの文章をコピペして全員に送信している。ベタだけど、一通目に送る文面にはちょうどいい。
 ちなみにアプリを始めた当初は、[素敵な笑顔に惹かれて]という文章にしていた。だけど、全員が笑顔の写真を載せているわけではないので、コピペで送信していることがバレて即座にマッチング解除されたことがある。あの時はさすがに反省した。
 もちろん二通目からはしっかり会話する。一通目を送ってもマッチングしただけで返信が返って来ない人も少なくないので、そのふるいという意味もこめてのコピペだ。あとは会話を軌道に乗せながら、抜け目なく自分をアピール。そして何通かやり取りをした後、期待していたワードが男性側から送られる。

[よければ今度、食事にでも行きませんか?]

 スマホを見つめながら、ニヤリと笑顔が零れる。
 男性側がうまくアタックしているように見えて、実は私の手のひらで踊らされている。全てはこちらの狙い通り。まるでゲームを攻略していくような感覚だ。
 自分で何度も通ってきた出来レースのわだち。今度こそ、運命の相手と出会えることを信じて、私はスマホ画面に指を走らせた。

[ぜひぜひ! 私も行きたいです!]

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