4話
前回の食事でロックオンした、消防士の海斗君。彼を射止めて、私は晴れてマッチングアプリを卒業する。そして、幸せを手に入れて──とっかえひっかえに男性を見定める日常からも卒業する。そう信じていた。
しかし……そんな期待に陰りが見え始めたのは、食事を共にした数日後。メッセージを重ねてきた彼の文面が、日に日に変化していく。
[桜子さんは、もうマッチングアプリで何人か会ったんすか?誰か良い人いました?]
不意にトーク画面へ現れたそんな質問に、思わず指を止める。
マッチングアプリでの出会いにおいて、他の異性との進捗状況を聞くことは御法度に近い。同時並行で何人かとやり取りを進めていることなんて、アプリを利用していればよくある話。むしろ一本釣りを狙って外した場合のリスクの方が大きいからだ。
募らせていた期待感が揺らぐ。「ちょっとデリカシー無いわね……」と独り言を零し、返信のメッセージを打つ指を走らせた。
[一人だけ会いましたよ。でも会話の波長が合わなくて、今は連絡取ってません。]
そう送信し、うまい具合にごまかす。
もちろん一人だけなんて大嘘。だからと言って”あなたが初めてです”と言うのも、可能性はゼロではないけど、少し無理がある。自分の印象を悪くせず、暗に”あなたとは波長が合っている”という意味合いも込めている。嫌な感情を抱く人はいないだろう。
ところが……そのメッセージを皮切りに、彼の本性が次々と露わになっていく。
[俺、元カノもマッチングアプリで出会ったんすけど、遊びすぎだって言われてフラれちゃってw]
[遊びすぎ?]
[顔も可愛くて性格も良かったんすよ。だけど桜子さんは、顔も性格も元カノ以上です!]
思わず背筋が凍る。このメッセージを本心で送っているのだとしたら、とんでもなくヤバい人だ。
まず堂々と元カノと比べたこと。これはマッチングアプリどうこうの問題ではなく、男女の会話として常識に欠けすぎている。言葉の分別をわきまえるリミッターがぶっ壊れているのか、彼の人間性すら疑うレベルだ。
そして、”遊びすぎ”と恥ずかしげも無く公言したこと。私だって、意中の男性の前では、別で何人もの男性と会っていることは隠し通す。それは嘘ではなく、相手への配慮。あえて口に出さない、大人としてのマナーだ。
溜め息にも似た深呼吸を、ゆっくりと一回ついてみる。そして再び、トーク画面へ指を走らす。
[それはどうもありがとう。ちなみに、海斗君はどんな遊びをしてきたの?]
異性として彼を眼中から外した瞬間、単純に興味が湧いてそんな質問をしてみる。すると、彼は悪い意味で心を許したのか、私の想像を遥かに超えるエピソードを連射した。
[宿泊で研修へ行った時に、ホテルの受付やってた女の子と連絡先交換したっす!研修終わった後も連絡取り合って、元カノに内緒で遊んでたらバレて怒られましたw]
[あとは火事から助けたご老人に女子大生の孫がいて、その子と仲良くなったり──]
途中でメッセージを見る気すら失せて、スマホの画面をオフにする。男を見る目の無さに、心底絶望した。
思わず頭を抱える。それでも通知音が鳴り続けるスマホを机に伏せて、「話にならないわ……」と呟いた。彼はまだ、武勇伝エピソードを私に送信しているみたいだ。いや、”どんな遊びをしてきたの?”と聞いた私にも責任はあるんだけど……これはさすがに被害者面してもいいんじゃないかと思う。
彼にとって私は──私に限らず全ての女性は、ひと時の遊び相手に過ぎない。そう思って、彼のトーク画面をそっとブロックした。
そして、これまた興味本位で、彼の名前である[中原 海斗]でSNSを検索してみる。すると……さすがと言うべきか、身の毛もよだつような写真が大量に発見された。
「はぁ……もっと早く気付くべきだったわ」
そう呟いて、画面をスワイプしていく。男女大勢で体を密着させながらビールジョッキを掲げる、品の欠片も無い飲み会。この上無く眩しい海斗君の満面の笑み、吐き気がするほど気持ち悪い。
そして極めつけは、自分の肉体を見せつける自撮り。鏡の前で上半身裸になり、顔が映らないようにカメラを構えながらポーズを決めている。その投稿と共に、[今日の筋トレも完璧]という言葉も添えられていた。たしかに鍛え上げられた筋肉は素晴らしい。だけど……自己主張にまみれた見せ方が、これまた気持ち悪い。部屋の温度はさほど低くないはずなのに、体中に寒気が駆け抜けた。
一緒にイタリアンを楽しんだ期待感はどこへやら。
再びマッチングアプリを起動。海斗君を優先して返信していなかった他の男性へ向けて、一斉にメッセージを送信した。
