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『マッチング・ゲーム』第5話

2026年1月30日 投稿

5話

 海斗君の一件で思い知った。その先の結婚まで見据えるなら、イケイケの年下は避けた方がいいと。別に女性と遊ぶことを悪いことだとは思わない。遊び盛りな年頃だと、納得すらしている。
 だけど……自分の彼氏にするなら、話は全く別だ。女性として、私だけを見てくれない男性は論外。そんな思いを胸に秘めながら、今日もスマホに向けて指を走らせる。
「次は大人の余裕がある年上がいいわねぇ──」
 そう呟きながら、同時並行で会話を進めるメッセージの一覧を眺める。

 あの消防士のやり取りをブロックしてから、早いもので一週間。一人の男性を見送ったら、また別の男性に狙いを変えるだけ。マッチングアプリは、そういうツールだ。
 そして、レスポンスが早い人から会話がポンポン進み、次のステップへ進むことができる。そして──最も早く”あの言葉”を発した男性と、再びスタートラインに立つ。
[よければ今度、食事にでも行きませんか?]
 そのメッセージに、思わずニヤリと笑顔が零れる。
 次こそは間違えない。そう決意して、返信を打つ指を迷うことなく走らせた。
[ぜひぜひ! 私も行きたいです!]

   *

 そして迎えた週末。待ち合わせに指定されたのは、思いもよらない場所だった。
「桜子さん、はじめまして。本多ほんだ 宗介そうすけです」
「こ、こちらこそはじめまして──」
 恐縮気味にそう返事をする。
 やって来たのは、初回のデートでは場違いではないかと思うほどの高級フレンチ。彼は何度か来たことがあるようで、店内に入って早々ホール担当の従業員が「本多様、お待ちしておりました」と出迎えにやって来た。
 案内された席に座った彼の表情は少し硬く、緊張しているように見える。前回の海斗君とは正反対で、あまり女性慣れしているわけではなさそうだ。
「桜子さんは何飲まれますか?」
 少し上ずった声で、ドリンクメニューを広げる。その様子を見ていると、なぜだかこちらまで緊張が伝わってくるようだった。
「わ、私は何でも大丈夫です」
「では、ワインにしましょうか。僕も同じのを頼みますね」
 そう言って彼はメニューを閉じ、近くにいた店員へ「すいません。本日のワインおすすめで」と囁くような声で告げる。私には敷居が高そうに思えるシチュエーションでも、スマートにキメてみせるその姿は、少なからず好感が持てた。

 今日の相手は本多 宗介さん。私よりもひと回り近く年上だけど、そのルックスは年齢よりも若く見える。
 それもそのはず──彼の職業は弁護士。大勢の人前に立つ仕事をしているだけあって、外見には気を遣っているんだという本質がうかがえる。有名私立大学の法学部を卒業後、司法試験の合格を経て大手事務所へ採用が決まったらしい。少し冴えない雰囲気は否めないけど、正直言ってそれらを補って余りあるほどのハイスペックさである。
 本来であれば、もっと早めにフェードアウトしても良かった。だけど──本多さんの職業を聞いた瞬間、萎んでいた関心や興味が一気に膨れ上がって息を吹き返した。男性に養ってもらおうとはあまり思わないけど、本多さんであれば専業主婦でも裕福な暮らしが送れそうだ。

 そんなことを考えている内に、ワインと前菜がテーブルへ運ばれてくる。グラスを掲げて軽く乾杯した後、本多さんはまだ緊張しているのか──少し俯き気味になって口を開いた。
「僕、勉強と仕事ばっかりの毎日だったので、これと言った趣味とか話題が無くて……」
 自信が無さそうな声量で話す本多さんへ、すかさず笑顔を作って返事をする。
「そんなの大丈夫ですよ! 仕事に全力なの素敵です。派手にお金を使う人よりよっぽどいいですよ」
 そう言うと、本多さんは少しだけ微笑んで会釈した。

 それ以降も会話が大きく盛り上がることはなかったけど、普段は結婚式の披露宴くらいでしか食べられないくらいの高級な料理を楽しみながら、本多さんのステータスを色々と知ることができた。
 その中でも特に心躍ったのは、”実家も太い”こと。お父さんも弁護士をしており、幼い時からそれなりに裕福な生活を送っていたという。私の知らない世界、体験したことのない日常を見せてくれそうな気がして、思わず胸が高鳴った。今まで何人もの男性と会ってきた私でさえ、人によってこんなにもタイプに幅があるのかと驚いている。

 二人でいる居心地や会話の楽しさは、まぁ及第点。それ以外の、目に見えるステータスで充分カバーできている。
 妥協とまではいかないけど──こういう選択肢もアリなのかと思う。次の狙いは、彼に決めた。

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