(十一)
十五年前のあの日——。
夫、良平は朝、仙台に行ったきり、帰ってくることはなかった。
『じゃ、行ってきます』
といつも通りの言葉を最後に。
当時、平川歯科医院では停電が起こり、菫は義父母とともに対応に追われた。
『良平は、良平は大丈夫かしら』
義母がしきりに喚いていた。
何度かけても電話が繋がらない。
夜になっても連絡はなかった。
きっと大丈夫だと、その時はまだ思っていた。信じるしかなかった。
大丈夫。きっと帰ってくる。
次の日になっても、良平は帰ってかなかった。
『沿岸部を中心に津波の被害。市街は多くの家屋が半壊以上の被害を受け——』
テレビのニュースでは連日、地震の被害を受けた街の様子が映し出されていた。津波が巨大な猛獣のように荒れ狂い、建物を飲み込んでゆく。
良平が向かったはずの仙台の市街地も、建物が原型を留めないほど破壊されている様子が幾度も映し出されていた。
ここに良平がいるかもしれない。
悪い予感を振り払うように、あらゆる窓口に電話をかけ続けた。警察、避難所、市役所——どこにかけても返ってくる言葉は同じだった。
『申し訳ありません。情報が入り次第、お知らせさせていただきます』
何も情報を得られないまま日々が過ぎていった。
ただ、一度だけ、現地に行こうとしたことがあった。
被災地の避難所からトリアージの依頼を受けたのだ。
トリアージとは、災害や事故などで多数の負傷者が出た時、重症度や緊急度によって治療や搬送の優先順位をつけ、選別することだ。
災害時は重症者を優先して治療に当たらなければならない。ドクターは治療や処置に追われるため、トリアージは歯科医師に任されることが多い。
当時、菫は歯科医師として三年目だった。医師としての経験はまだ浅かったが、歯科医師会での研修を受けたことがあった。
多くの命を助ける、必要とされている仕事だとわかっていた。
仙台に行けば、何か情報が得られるかもしれない。
東京で待ち続けるより、そうするべきなのだ。
でも、そこにもし良平がいたら——もし、「助からない」と選別しなければならない立場になったら——
そう思うと、怖くてどこにも行けなかった。
『あたしが行くわ』
そう言ったのは、義母だった。
『だから菫さんは、ここをお願いね』
義母は自分よりずっと強い人だ。そのとき、強く思った。
息子が被災地から帰ってこず心配な立場は同じなのに、迷わずその決意をした。
一人の医師として、必要とされている場所に行くことを。
菫は待つことしかできなかった。
ここで夫の待つことだけが、自分にできる数少ないことだと思っていた。
十五年間、一度も行けなかった場所。
待つというきれいごとを口にしながら、本当は目を背けていたのだと、今さらながら痛感する。
ずっと、逃げてきたのだ。
夫の、良平の不在から。
『私がかわりに会いに行く』
そう決めることができたのは、ただ時間が経ったからというだけではない気がした。
遠野や稔——あの家族をきっかけに、ようやく立ち向かおうと思えたのだ。
『ぼくも、知りたいんです。ぼくの家族のこと』
知りたい。その気持ちは同じだった。
たとえそこに、知りたくない事実が待っていたとしても。
十五年経って、ようやく受け入れる準備ができたのだと思った。
早朝、東京駅から新幹線に乗り、一時間半後に仙台駅に着いた。
十五年前の三月。仙台駅は天井落下や損壊により大きな被害を受け、交通機関は全線運転停止を余儀なくされた。さらに停電や断水も重なり、一万人以上の帰宅困難者で駅周辺はパニックに陥ったという。
菫にとって仙台という場所は、あの日のまま止まっていた。
そんなはずはないと頭ではわかっていた。
長い時間をかけて復興を遂げた街の様子は何度もテレビで見ていた。それでもこの目で見るまでは、画面の向こうの景色だった。
階段を上り出口から外に出た瞬間、開けた景色に息を飲んだ。
止まってなどいなかった。駅周辺に十五年前の痕跡はどこにもない。多くの人々が行き来し、完全に復興を遂げた景色がそこにあった。
菫は辺りを見回し、バス乗り場に向かって歩き出した。
バスを降りて、スマホのナビを頼りに、稔から聞いていた住所を目指した。
画面の赤いマークが指し示す場所に、「遠野」という表札がかけられた一階建ての家があった。
門の横につけられている呼び鈴を押す。
中から声がして、痩せ身の老人が顔を出した。
「初めまして。先日お電話させていただきました、稔くんの知り合いの平川と申します」
菫は名乗ってから、東京で歯科医をしていることを告げた。
遠野さんはくしゃりと顔に皺を寄せて微笑んだ。
「ああ、遠いところからわざわざ。どうぞ、中へ」
そう言って招き入れてくれる。
今、私は遠野の実家にいるのだ——
遠野という男のことを調べているうちに、その息子と繋がり、故郷にまで来てしまった。
ずいぶん遠くまで来たものだと奇妙な感覚に陥りながら、改めて人のよさそうな老夫婦に挨拶をした。
見た感じは、七十代半ばくらいだろうか。現役をほとんど退いているとはいえまだ六十代で快活な義父母と比べると、遠野の両親はずいぶん老いて見えた。
「ごめんなさいね。何もおもてなしができなくて。私は足が悪くて、うまく動けないものでね」
椅子に座った女性がすまなそうに言う。
夫婦は長年過ごすうちにだんだん顔が似てくるというが、二人は穏やかな雰囲気がよく似ていた。
遠野婦人は地震のときに大怪我を負い、普段の生活は一人でもこなせるようになったが、外に出るときは車椅子がいるという。
「いえ、お構いなく」
「おもてなしはワタシがしますからね。どうぞどうぞ」
遠野さんがお盆に湯呑みとお菓子を乗せて運んでくる。
温かい緑茶と最中だった。きめ細かい皮を噛むと、ほろほろと口の中で溶け、中の粒餡と一緒にあっという間に飲み込んでしまった。
「おいしいです。とても」
素直にそう言うと、二人は揃って顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。
「そうでしょう。慎一郎がね、この最中が大好きでね」
「そうなんですか」
「今頃どうしてるのかしらねえ。もう十五年も顔を見せないで」
「稔が写真を送ってくれたじゃないか」
稔、という名前が出てきたのを機に、少し身を乗り出す。
「稔くんと手紙のやりとりが始まったのは、二年前からと聞いていますが」
「そうそう。突然、ハガキが来てねえ。『おじいちゃん、おばあちゃん、初めまして』って書いてあったの」
遠野夫人が、懐かしそうに目を細める。
それから、夫婦と稔の秘密の文通が始まった。
「稔くんの住所は、隣の家の住所ということはご存知ですよね」
そう言うと、遠野夫人は寂しそうにうなずいた。
「ずいぶん前に一度、慎一郎から電話があったの。遠くへ引っ越すから、もうここには来れないって」
それきり、連絡は途絶えた。引越し先すら告げなかった。
震災の混乱もあり、県外へ移住する人も多かった。嫁の地元は愛知だし、そちらへ身を寄せたのかもしれない。嫁は美人だが、少々気の強そうな女だった。嫁に帰省するのを止められているのかもしれない。でも、一度も連絡をよこさないなんて、と当時は納得がいかない思いもあったという。
「探そうとは思わなかったのですか」
「そりゃあね、会いたかったですよ。でも、私はこの足だし、お父さんももう歳でしょう。あの子が帰らないと言うなら、それでもいいと思ったの」
もう二度と会うことはないのかもしれないと諦めていた。それが、二年前に突然、孫を名乗る少年からハガキが届いた。一枚の家族写真つきで。
「知らないうちに小学生の孫がいたことに驚きましたけど、嬉しくて」
「字を見てるだけでも、そりゃあもう可愛くてね。場所もわかったことだ、何度も会いに行こうかと思ったよ」
でもねえ——二人は目配せをして、続けた。
「稔が、会えないって言うんですよ。お父さんとお母さんがダメって言うからってね」
稔は、両親との約束を守るふりをした。ただ一つ、手紙のやりとりを除いて。
「稔くんは、お二人のことをもっとよく知りたいと言っていました。それから、ご両親のことも」
「両親? 自分の父と母のことを?」
遠野さんが怪訝な顔をする。
両親のことを知りたいなら、本人に聞けばいい。
そう思うのは当然だった。でも、それができない、聞いても本当のことを教えてもらえない。だからあの少年は、名刺を頼りに、見ず知らずの菫に頼んだのだ。
その経緯をどこまで話せばいいか——迷っていると、助け舟を出すように、遠野夫人が明るく言った。
「それなら、慎一郎の子供の写真をあげましょうか」
「それは、稔くんもきっと喜ぶと思います」
「ちょっと待っててください。出してきますよ」
遠野さんが立ち上がって、奥の部屋の襖を開けた。
押し入れからアルバムを数冊取り出し、戻ってきて机に置く。
「昔の写真はね、たくさんあるんですよ。ワタシが写真が好きで、その影響で息子も写真を撮り始めて。それを仕事にまでしてしまいましたからね」
仕事?
「慎一郎さんはカメラマンだったんですか」
菫は驚いて尋ねた。
「ええ。子供の頃から好きで、仕事にしたいって言い出して、見習いをして独り立ちしてね。立派なもんでしょう」
遠野さんはまるですぐそばに息子がいるように誇らしげに言った。
遠野は自動車メーカーに勤める会社員だ。今時、生涯一度も転職をしないほうが珍しいのかもしれないが、それにしても前職がカメラマンだったとは意外だった。
何しろ、稔いわく遠野は「写真嫌いで家族写真すら滅多に撮らない」のだから。
唯一撮ったのが、稔の入学式に撮った家族写真だけ。
いったい何があって写真が嫌いになったのだろう。
震災と何か関係があるのだろうか。
0歳、1歳、2歳と、徐々に成長していく様子が写真に収められている。たまに家族写真や、友人を含めた写真も混ざっていたが、ほとんどが息子の成長を記録したアルバムだった。
「これは小学校の入学式ですね」
懐かしそうに遠野さんが言う。
稔が祖父母に送った一枚の写真によく似た写真だった。
それを眺めているうちに、あることに気づいた。
それ以前の写真と比べて、わずかに歯並びが変わっていたのだ。
