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【作家コラム:橘もも先生】~私と地元~

2020年11月11日 投稿

本が欲しくなった10代のわたしが、まず向かったあの場所で

『忍者だけど、OLやってます』という著作の第1巻を刊行したとき、他社の編集者から「この忍者の里って、名古屋のことだよね」と言われたことがある。いや舞台設定は岐阜ですけど、と思ったのだがそういう意味ではなく、“抜けたつもりでも抜け切れていない場所”、端的に言えば故郷という意味でわたしにとっての名古屋が投影されている、ということを彼は言いたいようだった。よほど自覚的に書いたのでない限り「あなた自身が投影された作品ですね」と直球で言われて嬉しい作家はあまりいないと思うので、そのときのわたしも「全然ちがいますよ!」と否定したのだが、3巻を刊行するにあたってより深く『忍者OL』の世界にはまりこんでみた結果、「確かに、そうだな」とうなずかされてしまった。

拙著を応援してくださっている三洋堂書店さんから「私と地元」というテーマで依頼されて書くことではないと思うのだけれど、わたしは生粋の名古屋ラバーというわけではない。むしろ高校時代は早く“外”に出たくて仕方がなかったし、大学進学で上京して約20年、今では東京のほうがずっとなじみ深い場所だ。けれどだからといってわたしが東京人になったかというとそんなことはもちろんなく、本当の意味で愛着があるのはたぶん名古屋のほうなのだと思う。

この20年で名古屋駅前の様子はずいぶん変わってしまったし、受験勉強をしていたマクドナルドは改装されてスタイリッシュになっており、いつのまにか見知らぬマンションが乱立している。わたしの知っている地元とは、景色がちがう。それでも名古屋駅に降りて、人の行きかいに触れるだけで「ああ、帰ってきた」と思うのだ。千寿の天むすをキオスクで売るなんて、とぶつくさ文句を言いつつも、見つければそのあと食事の予定があっても買ってしまい、重い荷物をひきずりながらエスカレーターの少ない東山線のホームに悪態をつきつつ、車体の黄色いラインを見れば、なんとはなしにほっとする。そういえば、コメダが東京に進出しはじめたときも「名古屋だけのものでいろ!」と怒っていたくせに、いまや店員に顔を覚えられるほど通いつめて、第二の仕事場と化している。

ところで『忍者OL』に話を戻すと、主人公の陽菜子は、忍者の頭領娘に生まれながらその稼業にいやけがさして里を抜けた、いわゆる“抜け忍”だ。そんな彼女が3巻で、次期頭領候補の忍びで元許婚の惣真にこんなことを思う場面がある。〈高圧的で口の悪い、里の象徴のような彼を陽菜子は頭領たる父親よりも苦手にしていたし、政略的にさだめられた元許婚の肩書を喜ばしく受け入れたこともなかったけれど、それでも、憎んでいたわけではなかった。(略)かけられる言葉のほとんどが罵声だったとしても、心のどこかで頼りにしていたのは確かだ。そんな捻れた愛着を、陽菜子は惣真に向けていた。〉

文句は言う。だけど自分から切り離すことはできないし、他人から悪く言われるとむっとする。全部故郷に置いてきたつもりでも、自分の根幹に風習やマインドは根づいていて、それはどうしたって拭い去れない。そこで生まれ育ったことを、なかったことにはできない。そうして実のところ、そのことをひそかに誇りにも思っている。家族や故郷というのはそういうものなのだと、『忍者OL』を通じて気づかされたような気がする。

そしていま、『忍者OL』が故郷とわたしを再び結びつけてくれた。コロナ禍に発売されたにもかかわらず売れていますよと、TwitterのDMで教えてくださった書店員さんが、三洋堂書店の方と知ったときの衝撃たるや。

幼いころから「本を買いに行く」といえば三洋堂書店だった。わたしの住んでいたころの名古屋には、“大きな本屋”があまりなくて、親に車で連れていってもらうか、地下鉄で街に出るしかなかった。インターネットがぴーひょろろと音を立てて繋がっていた時代のことだ。オンライン書店なんてものとも無縁だった。そんななか、がんばれば歩いても行ける距離にある三洋堂書店が、わたしにとっては心のよりどころだったのだ。

思い返せば、高校生で小説家デビューしたときも、わたしの本を並べてくださっていた。わたしと一緒にいるとき、身内がわざわざ「『翼をください』はありますか?」とレジで尋ねているのを聞いて、恥ずかしさで身がすくんだこともある。それでも、あったよ、とにこにこしながら買ってくれた彼女に、うれしくなったのを今でも鮮明に覚えている。

『花とゆめ』が発売される毎週木曜日。待ちに待ったはやみねかおるさんの新刊発売日。無性に新しい物語に触れたくなった、なんてことのない日。本が欲しくなったわたしがまず向かった三洋堂書店さんから「応援しています」と言っていただける、これほど幸せなことがあるだろうか。名古屋に生まれ育ってよかったと、今はしみじみと、感じている。

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