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【最終話】『マッチング・ゲーム』第9話

2026年3月27日 投稿

9話

 雄吾君から連絡が届いた週の日曜日。私は再び、彼と初めて食事をしたカフェの前で待ち合わせた。
「この前は連絡くれてありがとう雄吾君。すごく嬉しかった」
「いえいえ全然! 僕もまた会えて嬉しいです。じゃあ、入りましょうか」
 そう言って、入り口の扉を開けて店内へいざなう。彼が誕生日に送ってくれた軒先の花を横目に見ながら、懐かしい空間へ足を踏み入れた。

 窓際の空いた席に進み、向かい合って座る。前回は溜め息を漏らしたくなるほど退屈してしまったけど、今日はあの時と心情がまるで違う。この日が楽しみで、若干緊張すらしていた。
「何だか久しぶりね──元気にしてた?」
「してましたよー! あっ、あれからまた地方に写真撮りに行ったんですよ。カメラ仲間も増えて、少し遠出しましたけどこんな風景とか──」
 そう言って、スマホに保存している写真を何枚か見せてくれた。
 素人では到底撮影できない鮮やかな色彩と、目を見張るような景色。人の心を掴む一枚って本当にあるのだと、どの写真を見ても思い知らされる。会社であんな大きなミスをした直後だったこともあり、そこに写る全てが美しく見えて、心に響いた。初めて会った時は、興味すら湧かなかったのに。今この瞬間、私は彼が見せる一枚一枚から目を離せずにいる。

 あまりに夢中になってしまい、席に座ったまま何も注文せずに話し込んでしまった。
「あの、すいません……ご注文は?」
 店員からそんな催促を受けてしまい、二人して笑う。もちろんタダで居座ろうとは思っていないので、「じゃあホットコーヒーを二つお願いします」と頭を下げながら告げた。
 そして、店員が注文をキッチンへ伝えに行ったところで──雄吾君はスマホをしまい、改まった口調で口を開く。
「桜子さん。僕が今日会いたかったのは、桜子さんにお話ししたいことがあって──」
 そう言って、急に言葉の歯切れが悪くなった雄吾君。モジモジしながら次のセリフを考えている姿を見て、私は直感的に思った。
 この、そしてこの雰囲気、間違いない。告白だ。
「うん、何? 話してみてよ」
 少し意地悪な口調で、次のセリフを促してみる。会ってまだ二回目で若干早い気もするけど、今の高まった気持ちなら──彼の気持ちに応えられる。私も彼と結ばれたいと思っている。あとは、決定打となるセリフを二人の間に投げかければ、晴れて私達の交際はスタートするわけだ。

 ところが……彼が発したセリフは、私の期待していたものではなかった。

「実は僕──彼女ができたんです!」

 思わず彼の顔をまじまじと見つめる。あまりの驚きで驚愕の表情を浮かべる私とは対照的に、彼はこの上無いほどの晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「仕事で行った営業先で、僕と同じカメラが趣味の女性と出会いまして。写真の撮り方とかオススメの撮影スポットの話で盛り上がっていたら、いつの間にか意気投合しちゃって──。あぁ、この人と色んな景色を見てみたいなって思ったんです」
「そ、そう。良かったわね──」
 さっきまで高揚していた気持ちが急降下している私のことなんて気にも留めず話し続ける雄吾君。その後運ばれてきたコーヒーなんて、ほぼ味を感じないくらい意気消沈してしまっている。
 だけど、彼女のことを夢中で話す雄吾君はとても楽しそうで、それでいて嬉しそうだった。私と初めて出会った時とは大違い。きっと私は、彼に余計な気を遣わせてばかりいて、心を開かせることができなかったのだと思い知らされた。

 そして、こんな私に彼女ができたことを報告するなんて、どこまで生真面目なのだろうと心の中で呟く。
 私も、男性をこんな晴れやかな表情にさせてあげられるくらいの女にならないとダメだ。そう思って、今日は雄吾君のノロケの聞き役に徹することに決めた。

   *

 翌日。会社へ出勤した私は、まず課長のもとへ足を運んだ。
「課長、その……先週はすいませんでした。課長が言っていた通り、仕事に集中していなかったと反省しています」
「──分かればいいんだよ。同じミスは、繰り返さなければ成長に繋がる。良い勉強になっただろう」
「はい。今後は自分で判断せず、必ず上司の確認を取ります」
「それでいい。今後も頑張ってくれ」
 そう言って、微かな笑みを浮かべた課長。その姿に軽く頭を下げ、自席へ戻ってパソコンを開いた。

 雄吾君のことや仕事でのミスを通して、もう少し自分磨きを頑張ってみようと痛感した。おごっていた気持ちを改心するには、ちょうどいいきっかけになったかもしれない。
 仕事も頑張り、それでいて男性を笑顔にさせるような魅力的な女になる。イイ男を見つけるのは、それからでも遅くはないはずだ。

-完-

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