5話
高校へ進学した僕らの作業場所は、もっぱら僕の部屋の机になった。それは、僕と柊太が別々の高校になってしまったから。平凡な学力だった僕は近所の公立高校へ進んだけど、成績優秀だった柊太はハイレベルな進学校へ進んだ。
「なぁ、次の連載短編はどんなテーマにしようか?」
「うーん──他の漫画の傾向も分析してみよっか。これからは、読者層を意識したストーリーが必要だ」
そんな言葉を交わしながら、次の作品に向けての議論はさらに熱を帯びていく。
他の高校生とは確実に違う日常を送るようになってから、早いもので一年が経とうとしている。週刊少年ネクストで掲載された読み切り漫画は、あれから確かな反響を呼んだものの……まだまだ実力が足りていないという現在地は自覚していた。そんな時、今枝さんの推薦もあり、ネクストの姉妹紙である月刊配信ブライトで連載短編を持たせてもらえるようになった。
ブライトは月刊な上にネット配信だから、週刊冊子に載る作品よりは読者も少なく、正直なところ期待値もまだまだと言ったところだ。ここで作品を載せている漫画家はみんな、ネクストで連載を持つという夢に向かってしのぎを削っている。言わば、若手の登竜門というわけだ。
編集部の評価や読者へのアンケートといった目に見える形で、僕らの漫画は毎回厳しくジャッジされる。そんな激しい競争を勝ち抜いた漫画家こそが、晴れてネクストでデビューを飾る。漫画家にとって、この上ないサクセスストーリー。僕も柊太も、その目標地点へ向けて全力で原稿と向き合っていた。
「ところで、柊太の高校って勉強大変なんだろ? こんなに漫画に時間割いてて大丈夫なのか?」
「んん? まぁ、ほどほどにやってるよ──。テストは平均点くらいでいいから、残りの時間は全部漫画に注いでる」
力強い口調でそう言い切る柊太の横顔は、真剣そのものだった。次のストーリーをどう展開させていくか、漫画に没入して考えている表情。
思えば、元々漫画を描いていたのは僕だけだった。後から加わったのは柊太の方なのに、今や柊太の方が漫画に対して夢中になっているように思える。僕も漫画を描くことは好きだけど、柊太はそれ以上だ。
ところが……漫画にかける情熱が熱を帯びていくのと反比例するように、柊太の体調は目に見えて悪化していった。今だってそうだ。いよいよ冗談では通用しなくなるほど、ゴホゴホと大きな声を出して咳き込んでいる。
「大丈夫か柊太──。ここんとこさらに酷くなってないか」
「あぁ、心配しなくていい……。通院してるけど、何とも無いって。俺のことはいいから、それよりも今はブライトの連載のことを考えよう」
大きく息を吐いた柊太は、「ごめん、ティッシュ一枚貰うよ」と言って口と鼻を拭いた。
最近、こういうことが増えた。苦しそうに息切れをして、時々目が泳いで焦点が定まらなくなっている。中学を卒業する時、花粉症だとか言ってごまかしていたけど……あれは絶対に嘘だ。だって、季節関係なくこんな感じだから。
だけど……僕も強引には止められなかった。
「──分かった。次の締切も迫ってるしな」
ちゃんと医者に診てもらっているなら大丈夫だろうという気持ちもあった。だけどそれ以上に、この勢いを止めたくなかった。僕らは今、流れに乗っている。漫画家として、確実にステップアップしている。このまま二人で走り続けていれば──その先の夢も必ず掴み取れる。そう信じて疑わなかった。
そして、季節はさらに移ろい──高校三年生になった秋の日曜日。今枝さんから僕へ、待望の連絡が届く。
『根岸先生──遂に、ネクストでの連載が決定しました!』
電話口の今枝さんの声も、興奮しているのか少し上ずっている。その知らせを聞いた瞬間、僕は──まるで世界が止まったかのような不思議な感覚に包まれた。
『今枝さん、ありがとうございます! すぐに柊太にも伝えます!』
電話を切った瞬間、僕は大きなガッツポーズをした。ようやく──ようやく、夢が叶った。この喜びを、早く相棒と分かち合いたい。そう思って、僕は勢いよく自分の部屋を飛び出した。
今日も一緒に漫画を描く予定だったけど、柊太がウチに来る約束の時間にはまだなっていない。待っていれば自然に会えるのに──今は一秒でも早く会いたい。僕は柊太の家まで、全速力で駆けだした。
ところが……僕の逸る気持ちは、柊太に届くことはなかった。
「あれ──おかしいな。誰もいないのかな」
家のインターホンを押しても、珍しく応答が無かった。いつもなら柊太が不在でも彼の母がいるはずだから、どうしたんだろうと思いながら不審がっていると……近所に住む人が僕の方へ近付いてきて、想像を絶する事実を口にした。
「奥田さんとこの柊太君……今朝亡くなったらしいですよ」
頭が真っ白になる。さっきの歓喜に満ち溢れた雰囲気とは真逆の意味で、世界がピタッと止まる。
「嘘、だろ……?」
気付いたら僕は、再び全速力で走り出していた。柊太が搬送された病院へ向かって。
