6話
もう、どれくらい走っただろうか。
苦しい。胸が痛い。だけど、この足は止められない。
「柊太──。柊太──!」
速度を緩めることなく病院へ向かい、そのまま柊太が入院している病室へ。そこには、柊太の両親と担当の医師、そして──ベッドで横たわっている柊太の姿があった。
僕は言葉を失った。つい数日前まで、夢を叶えようと誓い一緒に原稿へ向かっていた相棒が、白く曇った酸素マスクを付けて目を閉じているのだから。
「今日の朝、急に体調が悪化して……。急いで病院に連れてったんだけど、間に合わなくて……」
息子の手を握りしめている柊太の母は、大粒の涙を流しながらそう語る。僕は首を横に振りながら「嫌だ……嫌だ……」と呟き、ただ静かに眠っているだけの柊太の肩を、狂ったように揺さぶった。
「柊太、聞いてくれよ。僕達──ネクストの連載が決まったんだ。今さっき今枝さんから連絡あってさ──もう自分のことのようにすっごく喜んでくれたよ。これから忙しくなるぞ、柊太。高校を卒業したら、僕達の漫画をもっともっと世に出して、そしてあっという間に売れっ子の仲間入りだ。だけど……だけど! 僕が漫画を描いていく為には、柊太のプロットが必要なんだよ!」
どれだけ強く呼びかけても、当然ながら柊太に反応は無い。一緒に情熱を燃やせる相手が急にいなくなった事実に愕然とし、僕は思わず膝から崩れ落ちた。
「これからだろ、柊太! 僕達の夢、ようやく始まったばかりなのに──! 目ぇ覚ましてくれよ!!」
届かない願い、抑えることのできない感情を爆発させる。あまりにも安らかに眠るその表情に、僕も堪えきれず涙が溢れ出た。
何でだよ。何で……よりにもよって柊太なんだ。
僕達が夢見ていた未来への扉が今、やっとの思いで開いたっていうのに……。
とめどなく溢れる涙が僕の視界を全て塗り潰し、目の前が真っ暗になった。
*
「──つき! おーい辰希!」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、我に返る。それは、僕の母の声。
気付けば僕は、自分の部屋の机に突っ伏して寝てしまい、そのまま朝を迎えてしまったみたいだ。
「私これから仕事に行くけど、東京戻るなら家の鍵閉めてってよねー!」
体を起こして、部屋の窓から外を見つめる。朝日はとっくに昇っていて、目を細めたくなるほど眩しい。部屋の外からこちらへ呼びかけていた母へ向けて、「はーい分かったよ!」と返事をした。
寝ぼけ眼のまま立ち上がり、大きなあくびを一つ零す。柊太の死から五年経った今でも、あの頃の記憶が色褪せることはない。だって、ここまで鮮明に思い出すことができるのだから。
高校を卒業してからは、一人で漫画を描いていた。卒業証書が入った筒をハイタッチする相手がおらず、随分と寂しい気持ちになったことは今でも覚えている。桜吹雪が舞う門出の季節だったのに、あの時は全く嬉しくなかった。
柊太が亡くなる前、「いつかネクストで連載を持てたらこれを描こう」と言って、二人であたためていたアイデアがあった。だけど、それは大まかなストーリーしか決めておらず……いざ漫画の形にしようとすると、そのアイデアだけでは足りなかった。欠けている部分を補いながら、ネクストの連載は続けている。
だけど……小学生の頃に漫画のコンテストで落ち続けていたように、僕だけで漫画を描いてしまっては限界がある。柊太がいなければ、柊太の創るプロットが無ければ……僕の漫画は輝かない。道標を失った僕のペン先では、二人で描いていた頃の漫画には到底及ぼなかった。
「はぁ……。これから一体どうしろって言うんだよ……」
無意識にそんな溜め息が漏れる。
ネクストで連載を始めた僕の漫画は、ある程度の人気が予想された前評判に比べ、随分と低迷する結果となった。読者アンケートでもパッとしないコメントが目立ち、今枝さんを含めた編集部の評価も鳴かず飛ばず。今すぐに打ち切りというレベルではないものの、そんな状況が連載当初からずっと続いていた。
どれだけ原稿に向かっても、あの頃のような熱量は二度と取り戻せないのではないか……。そう思いながら、また溜め息が零れそうになった、その時。机の上に置いていたスマホがブブっと振動し、メッセージの受信を通知した。
[大事な話があります。明日、創冠社の本社へ来てください]
今枝さんからだった。いつもなら絵文字混じりで労ってくれる彼女の、あまりにも冷淡で短い文面。
心なしか、何か嫌な予感がする──。そんな心配を胸に、僕は東京へ戻る準備を始めた。
