
第1話
「はぁ~。何でこんな日にも仕事なんだ……」
自宅から最寄り駅に辿り着き、いつも通りの時間に電車がやって来る。そんな当たり前とも思える日常に、溜め息混じりで落胆する。
今日は十二月二十四日。クリスマスイブである。
世間は毎年のごとくお祭り騒ぎだけど、今年の自分はそうはいかない。小さなおもちゃメーカーで働く僕は、運悪く繁忙期と重なってしまい……こんな日でも変わらず忙しい。おそらく、クリスマス当日である明日も。
特に予定があったわけではない。だけど、普段よりも特別な二日間なのに、それを仕事で埋めてしまうのは少し寂しい気もした。
「いっそのこと辞めてやろうかな……」
そんな独り言をボソッと零してみる。本当はそんな勇気なんて無いこと、自分が一番分かっているくせに。
憂鬱な気持ちになりながらも、抜け殻のような僕の体を乗せた電車は、徐々に会社へ近づいていく。
*
『ご乗車ありがとうございましたー。お忘れ物にご注意くださーい』
車掌のアナウンスに導かれ、会社の最寄り駅で降りる。無機質にすら感じるその音声は、何度も聞いているともはやBGMのようである。
都会の群衆の目は死んでいるか、スマホを見ながら下を向いている。イヤホンで塞いだ耳は、まるで現実の雑音をシャットダウンしているかのよう。ギュウギュウ詰めだった車内から解き放たれるようにホームに降り、改札へ向かった。
「うぅ~寒い……」
スーツの上から羽織ったチェスターコートのポケットに、反射的に両手を入れる。マフラーの隙間から吐いた息は、ハッキリと目に見えるレベルで白い。冬本番を実感させる、凍てつく寒さだ。
だけど……そんな気分が下がる毎日でも、僕には密かな楽しみがある。会社へ向かう途中で立ち寄る、駅に併設されたコンビニだ。こんな寒さの中、ここで買うホットコーヒーが唯一の癒しである。
「さて……今日はどれにしようかな~」
そんなことを呟きながら、暖かい飲み物専用の陳列棚を眺める。すると……棚の横に、あえて目立つようなポップが貼られていた。
[新登場! 甘さたっぷりコーンスープ]
主張の激しいとうもろこしのパッケージが僕を誘惑する。
コーンスープか……。たしかに、いつものコーヒーじゃなくて、たまにはこういう選択も良いかもな。
「よし、今日はこれで」
いつもとは違う缶を手に取り、レジに向かう。今日の相棒は君に決めた。
「おぉ~あったけぇ……」
コンビニを出て、買ったばかりのそれをカイロ代わりにして手を温める。思わず癒しの吐息が漏れる。これで少しばかりは、やる気がチャージされる気がした。
手だけじゃなくて、そろそろ体の中も温めよう。そう思って、プルタブに指をかけた、その時。
「──ん?」
どこからか、子供のすすり泣く声が聞こえた気がした。
……気のせいか? いや、確実に聞こえたはず。大勢のスーツが行き交う通路を見渡し、目に見える範囲でくまなく確認してみる。その声の正体に気付くのは、それほど時間はかからなかった。
「──あっ!」
通路の隅に、うずくまって泣いている男の子を発見した。すぐに駆け寄って声をかける。
「お、おい! 大丈夫か⁈」
男の子と目線が合う高さまで小さくしゃがみ込む。目は赤く充血し、少し腫れているようにも見える。相当泣いているように感じた。
「君、名前言えるか?」
「……そうた」
「そうた君な! お母さんとお父さん、どこに行ったか分からないか?」
「分からない……」
小さくて力の無い声が返ってくる。それもそうだ。両親とはぐれていなければ、こんなところで泣いているはずがない。
というか……他の通行人は、この子を見て何も思わないのか? たしかにサラリーマンは、迫る出社時間に毎日追われてせかせかと進んでいくけど……こんな風景を見ても足を止めないなんて、正直信じられない。
「う~ん、でもどうしよう……」
声をかけたのはいいものの、助け方が分からずに途方に暮れる。スマホとか通信機器は持っていないみたいだし、これじゃ両親を探しようがない。
「と、とりあえず……まずは駅員に助けを求めるか」
幸いこの駅はオフィス街に近いこともあってかなり規模が大きい。駅の中で放送か何かを流してもらえれば、もしかしたら、見つかるかも。そんな微かな希望を抱きながら、そうた君を連れて駅員室へ向かった。