
※R15作品です。15歳未満の方はご遠慮ください
第四話………人生に規定のレールは要らない
入学式の当日。サユミは指定通り私服で参加した。
入学式の会場は体育館ではなく、新一年生の教室で行われた。
同級生となる四月生の生徒はサユミも含め、二十人ほどだ。サユミより年上に見える者もいれば年下と思われるあどけない顔立ちの者もいる。
服装は制服のような者もいるが、ほとんどはジャージ姿やトレーナーにジーパンというラフなスタイルが多かった。サユミもそのうちの一人だ。
「謎の声さん、私とても緊張する」
サユミは心の中で謎の声につぶやいた。
「そろそろ、その謎の声さんって言うのやめてくれ。クスキって呼んで」
「クスキ。了解です」
クスキのおかげで緊張が解けたサユミはあのエキナセアの写真を取り出した。やはり、この花を見ると少しずつ前を向いた今を誇らしく思えることができる。
一限目のチャイムが鳴るとドアがガラガラと開いて、グレンチェックのスーツを着た五十代くらいの男性の校長が入ってきた。
「みなさん、おはようございます」
「おはようございます」
威勢がいいマグロのようにハキハキとした声であいさつをする校長に対して、サユミ達は天敵の魚におびえるイワシのようだった。
サユミが通っている単位制高校では四月に入学する四月生とサユミのように高校を退学してから転入する場合は、十月生として十月に入学することも可能だ。
ちなみに単位制高校とは、いじめなどの不登校や家の事情で高校へ通うのが難しい子たちのために新しい学びの場として提供された制度のある高校だ。
通信制は学校に通わず家で勉強することがほとんどであるが、それとは別に単位制は大学のように単位を取得するために学校に来て、実際に授業を受ける。
そして、授業のレポートに添った定期テストに合格すれば単位を取得したことになる。
単位制は一般的な全日制と違って、授業が複雑ではなく、発達障害の生徒でも理解しやすい方法をとっている。
また、授業が午前中で終わるため午後からはバイトや塾に通う子もいる。
決められた単位数を取得すれば単位制高校の卒業時に高校を卒業した証明書がもらえる。
そのような説明を改めて校長から生徒に伝えると、校長はサユミたち、新一年生にメッセージを告げた。
「君たちは人生の大きな試練に耐えられなかったけど、君たちは負け犬ではありません。ケガを負った補欠になっただけです。いつかはまた試合に復帰して今度は勝ってやると本気で思って、この三年間でオリジナルの『道』を作ってください。人生に規定のレールなどないのだから」
校長の最後の一言に、サユミはまたここからやり直せばいいと自分を奮い起こすことができた。そのレールの先で『革命』という名の駅にたどり着けると確信した。
* * *
サユミがこの高校に転入して最初に受けた授業は数学だった。
退学した高校の時と比べれば頭の回転のスピードが違う。あのときは、学校で習う数学などの勉強よりも人間関係を上手くやり過ごす方法を学びたかった。だから、学校の授業はほとんど頭に入らなかった。
「あのお名前を伺ってもいいですか?」
突然椅子に座っているサユミに声をかけてきたのは同い年くらいのセミロングで茶髪の細身の背丈の低い女子だった。
「須山サユミです。あなたは?」
「あっ、すみません。えと、春田スズリです」
「春田さんですか。よろしくお願いします」
サユミは椅子から立ち上がってそう返した。
「スズリでいいです。もし、よければサユミさんともっと話がしたいなって思っていて」
「それは嬉しいです。私もサユミでいいですよ。それにタメ口で話しましょう。せっかく知り合えたんだから」
年齢を尋ねるとスズリはサユミよりひとつ年下の同じ一年生だ。
雰囲気を盛り上げるためにサユミから自分の夢を話した。
すると、スズリは目を見開き、目を輝かせてこう聞いてきた。
「そ、その好きなファッション雑誌はモード系?ですか?」
「そうだけど、スズリちゃんもモード系好きなの?」
「はい!私は彼らの手仕事が好きで、いつか服作りに関わるのが夢なんです」
「おー!その夢を実現できるように私、手伝いたいな。二人で最高の作品を世に出そうよ!」
「はい!」
この時、サユミはクスキが言っていた『革命』について妄想を膨らませていた。
* * *
ある土曜日の夜。退学した高校の同級生、元親友のユリからLINEが来た。
「久しぶり!元気にしてる?新しい高校で友達できた?」
ユリのその何気ないメッセージから湧き出る親しみやすさが逆に嫌味を感じさせる。それに、どこからサユミの新しい高校のことを知ったのか不思議に思った。
既読スルーにしようかと思ったが、サユミは「うん」と送った。
するとユリがLINEをしてきた最大の理由が発覚した。
「あのさ、サユミが初めて私に声をかけてくれた時があったじゃん。あの時は本当に嬉しかったよ。あれがきっかけで仲良くなれたし。まあ、今は離れちゃったけど。あの時は、ホントにごめんね。
それであの時、私が太宰治の『誰も知らぬ』の話をして「こんな恋がしたい」って言ったよね。覚えてる?」
「覚えてるけど、それがどうかした?」
「実は私は今、Xで俳句だけじゃなくて、短い小説も投稿してるの。その小説を読んで声をかけてくれた一人の男性が絵描きさんで、私の小説とコラボして文学フリマで売ることになった」
「すごいじゃん!それでその本はどうなったの?」
「思ったより売れなかったけど、その人に告白されて今付き合ってる」
「よかったね。おめでとう」
「ありがとう。サユミもやってみなよ、SNS。あの小説のような出会いがサユミにもあるかもしれないし」
「うん。検討してみる。私、今は忙しいからまたゆっくり話聞かせてね」
「わかった。忙しいところ、ごめんね。じゃあ、またね」
サユミには嫉妬しか湧かなかった。自慢をしてくるユリに腹が立った。サユミが嫉妬したのはユリが自分の知らないところで幸せに過ごしていることだった。ユリは今は二年生だ。このままいけば再来年には卒業できる。
サユミはその一年遅れて卒業する。何も持たずにポンっと無人島に放り出された気分だ。
大きな不安とどうしようもない焦りがサユミを襲った。
* * *
誰にだって黒歴史はあるだろう。
しかし、その過去があるからこそ今の自分が成り立っている。良くも悪くもその史実が「経験してよかった」と思える日が今、サユミには舞い込んでいる。かつて誰かが『梅雨空』と言ったあの頃のサユミは現在ではお日様の日差しをいただいて生きている。黒歴史は人には語りたくない内容もあるけど、中には歳をとってから笑い事として話せることもあるのだ。
サユミは自分の黒歴史は後者だと信じて学校の授業の予習を再開した。