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『その声はシンユウ』第三話

2025年8月15日 投稿

※R15作品です。15歳未満の方はご遠慮ください

第三話………逃げても恥じなくていい

「全て母に話そう」
 そう決意したサユミは家に帰るため最寄りの駅を探すため辺りを見渡した。
 サユミをここまで突き動かしたのは紛れもなく、謎の声の一言だった。
「革命を起こすのに、このまま死を選んだら何も解決しない。
だから、まずは俺以外に相談できる人を見つけろ。俺は隠れたお前のシンユウだ」

 こじんまりとした駅舎を見つけたサユミは切符を買ってホームのベンチに腰を下ろした。
 そして電車が来るのを待ちながら頭の中で母に話す内容を整理した。

* *  *

 サユミの母は手先が器用で洋裁が特技だ。サユミの幼い頃、ワンピースなどを作ってくれた。服を作り、ちょっとした内職をしていた。
 また、彼女はサユミの高校受験のときは誰よりも真剣にサユミをサポートしてくれた。
だからこそ、「母の期待に応えられなかった」そう思うと悔し涙を止められなかった。

「あのさ、お母さん」
 そう言ってサユミは編み物をしている母に声をかけて学校での今の状況と自分の思いを打ち明けた。
 ただ一つ、隠れた相棒のことだけ伏せて。

 サユミの母は微笑みながらこんなことを明かした。
「実はお母さん、内職で得たお金で編み物教室に通ってるの。その編み物教室は個人経営でね、お母さんより二、三歳年上の女性が講師をやってるところなのよ」

 すると続けて母は驚くべきことを告白した。
「それで、実はここだけの話なんだけど、講師の娘さんが一年前、高校一年生の冬にひどいいじめを受けたらしいの。そのショックでパニック障害になっちゃったみたいで。その制服を見ると体調が悪くなるから、その高校の制服が目に入らず、制服がない単位制高校に入学するため県外からこの市に越してきたの。
現在はその高校の二年生で単位取得に専念してるみたいだよ」

 母はそこまで話すとサユミに助け舟を出した。
「サユミがもし、あの高校を退学したいと考えているならお母さんが講師に事情を話すから一緒に編み物教室に足を運んでみない?」

 サユミはその講師の娘のことを謎の声に意見を委ねた。
「会って見る価値ありそうじゃん。似た道を通ったもの同士、お前もうまく行くかもよ」
 そう言って背中を押してくれた謎の声の優しさを抱いて、母の意見に賛同した。
 サユミは母と共に夏休みにその教室へ行く決心をした。

* *  *

 母が言っていた市原編み物教室はサユミの家の最寄り駅から車で二十分ほどのところに会った。建物は西洋風の一軒家で二階建ての家だ。

 サユミの母が事前に話をしてくれたこともあり、その日だけ特別に貸切にしてくれていた。講師は笑顔で出迎えてくれた。隣にいる群青色のコットンの糸で編んだニットを着た童顔のボブヘアの女の子、講師の娘は『ミカ』と名乗った。「優しそう」という印象がサユミの中に残った。

「私もミカも事情は聞いてるわ。辛かったわね、サユミちゃんも。でも、逃げることを恥じなくていいと思うの。ミカもあの場所から逃げてきたことで今がある。おかげでミカは友達もできて毎日が楽しいそうよ」
 ミカの母は真顔の中に微笑みを交えながらサユミにそう言った。

「サユミちゃん、一度でいいから私の高校に見学においでよ。大人しい子も不良っぽい子もその他いろいろの仲良しの具沢山みそ汁だけどね。単位取得っていうと気後れするけど、レポートに板書するだけ。あとは、その内容を少しアレンジしたものが定期テストの内容なんだよ。って、ここまで言っちゃったら見学する意味ないか」
 ミカがそう言うとサユミ以外全員笑った。

「でも…」と突然サユミは空気を濁す。
 自分でもわからないが頬に涙が流れている。
「どうしたの?」
 心配してサユミの母たちが尋ねる。
「私、うまくやっていけるか不安。背中を押してくれる人はいっぱいいるのに。何でだろう…怖いんだよね。一度、失敗してるからかな…。どうしよう」
 そんなサユミの肩をミカが抱いた。
「大丈夫、きっとうまくいく。人生には梅雨空ばかりじゃないんだよ。お日様は絶対に顔を出してくれる。少しだけ、勇気を出してみようよ、ね?」
 
 サユミはそのミカの励ましのおかげで少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
 それ以来、母の勧めもあって気晴らしに母と一緒に編み物教室に通いながらセーターの編み方を習った。難易度が高いが、講師とミカの丁寧な易しい説明により、初めて一着の段染のセーターを編み上げた。
 その達成感と服を編む行為がサユミの心を大いに奮い立たせた。

 サユミは自分ではなく、ミカをモデルにして編んだセーターに合うコーディネートで写真を撮った。春から夏へ移り変わる季節を彷彿させるピンクから緑へのグラデーションがメリヤス編みのセーターを引き立て、それに合わせた淡いスカイブルーのジーパンを着たミカが机に手をついて足をクロスさせたポージングが彼女の上品な愛らしさを体現し写真の中で独特の存在感を放っている。

* *  *

 意を決してサユミは母と共に講師が勧めてくれた単位制高校の見学に行った。
 この高校は創立されてまだ五年しか経っておらず教室だけではなく、校舎全体的にまだ木の匂いが新築らしさをかもし出している。
 担当の教師は人当たりがよく、説明も丁寧だった。
 ただ、サユミの今の高校での単位では、この単位制の高校に持ち越すには足りないため、一年生からのやり直しになると説明を受けた。
 それを聞いてサユミは一年も同い年の同級生とは遅れて卒業することになることに漠然とした焦りを感じた。
 それでも、高校卒業の資格だけは必要だと母からも言われ、転入を決意した。

「焦りと不安で押しつぶされそうになったとき、ふと転機を知らせる鈴が聞こえるときがある。きっと、サユミにもそういうときがくるさ」
 帰りの電車の中、謎の声はそう言ってサユミの心の沈黙を破った。

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