4話
「なぁ柊太。次の展開はどう進めればいいと思う?」
「う~ん、そうだなぁ。緊張感あるシーンが続いてるから、少しコミカルなカットを入れてみたらどう? 読者の肩の力、抜いてあげた方がいいかも」
「なるほど──そうしてみるよ!」
隣に座る柊太からそうアドバイスを貰うと、迷っていた筆先がまるで命が宿ったかのようにスラスラと進み始める。お互いの椅子を密着させるように隣に座り、二人で同じページを見つめる毎日。そんな当たり前が、僕はものすごく充実していて楽しかった。
中学へ進学し、奇跡的に同じクラスになった僕と柊太。もちろん部活にも入らず、授業が終われば一目散に家へ帰り、夢中で漫画と向き合い続ける。それでも我慢できず、授業中に教科書のページの隅にパラパラ漫画を描いて先生に怒られてしまったことは、一度や二度ではない。その度に反省はするのだけど、やっぱり描くことへの欲望が抑えられなかった。
そして……小学校の時と同様、周囲からは心無い言葉を浴びせられることもあった。
「辛気臭い」
「他に友達いないのか」
「陰キャのコンビ」
そんな声が、時々耳に入る。
僕のことを散々に言うのは構わない。元々、漫画を一人で描いていた時から言われ慣れていたから。だけど……柊太のことを悪く言われると、今までに感じたことないほどの怒りを覚えた。漫画の中身をバカにされるより、何倍も何十倍もムカつく。
しかし──感情が顔に出てしまう僕へ向けて、柊太はいつも「気にするな」と言って諭した。
「あんな奴ら、相手にするだけ無駄だ。精神が乱れると漫画のクオリティーも下がっちまう──辰希の時間と感情は、そんなくだらないことの為に浪費させちゃいけない」
そう言って、柊太はいつだってケロッと笑ってみせる。悔しさに震える僕とは対照的に、柊太のブレない強さはどこまでもまっすぐで、まるで成熟した大人のように見えた。
「大丈夫、今の辰希には僕も付いてる。これから漫画家として売れて、見返せばいいさ」
そう言って僕の肩をポンと叩き、「さぁ、早く続き描こうぜ」と促した。
あぁ、なんて心強い相棒なのだろうと思う。この先もし漫画家としてデビューできたら、周囲は称賛するかもしれないけど、今より比べ物にならないほどの批判にも晒される。そんな時、こうやって柊太に背中を押してもらえたら──僕はまた、自信を持ってペンを執ることができる。安心感にも似た温かい気持ちで、僕の心は満たされていった。
そんな調子で漫画を描き続ける僕らへ、一通の連絡が届く。
[あなた達の漫画に興味があります。一度お話できませんか?]
そう声をかけてくれたのは、後に連載を始める週刊少年ネクストの出版社[創冠社]の編集者、今枝 美苑さん。小学校の時に奨励賞を取って以来、僕らがコンテストへ応募する漫画を見てくれていたらしい。
遠く離れた東京から、僕らの住む町へわざわざ足を運んでくれた今枝さん。清潔感漂うオシャレなオフィスカジュアルの服装で現れた大人の女性に、中学生の僕らは緊張しっぱなしだ。
「僕達、今こんなこと描こうと考えてるんですけど──」
近所のファミレスで待ち合わせ、自分達が持っているアイデアを不器用に説明した。作画だけで終わっているイラスト、ストーリーラインだけが記されたノート。このチャンスを逃すまいと、目の前に座る今枝さんへ必死に訴えた。
そして、そんな僕らの姿を見た今枝さんはクスっと微笑み──少し前のめりの体勢になって口を開いた。
「中学生でこれだけ描けるなら立派よ。漫画も面白いし、まず読み切り漫画やってみるのはどうかしら?」
その言葉を聞いた瞬間、どうしようもなく嬉しくなって──。他のお客さんがいることを忘れて、二人して大声で叫んでしまったことは今でも鮮明に覚えている。遂に、僕らの漫画が認められた。何にも代えがたいその事実に、僕も柊太も喜ばずにはいられなかった。
「はい──! ぜひやらせてください!」
それからはあっという間だった。好きというエンジンをフルスロットルで回転させたような、とてつもない推進力が二人を支配する。周囲の否定的な言葉なんてどこ吹く風。プロの漫画家として、僕らは確かな第一歩を踏み出した。
季節が移ろい、学年が上がっても、その爆発的な熱量は変わらない。結局、僕らは中学校生活の中で二本の読み切り漫画を掲載した。描けば描くほど二人の呼吸はさらに高密度に嚙み合っていき、次はもっと凄いものが描けるんじゃないかという青天井の自信が、原稿にも乗り移っていく。柊太と一緒なら、この世界のどんな高い壁だって越えられる気がした。
そして──そんな僕らも、もうすぐ中学校を卒業する。柊太の体調に少しずつ変化が見られたのは、この頃からだった。
「柊太……ここんとこ咳が増えた気がするけど、大丈夫?」
「んっ? あぁ、全然平気だよ──。花粉症か何かかな、ははっ」
卒業証書が入った筒でハイタッチを交わす柊太は、片手で口を押さえながらゴホゴホと咳き込み、少し苦しそうに見える。この時はまだ……この先もずっと手を取り合っていくと信じていた相棒が突然いなくなるなんて、これっぽっちも想像していなかった。
