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『神様のプロット』第9話

2026年8月28日 投稿

9話

 今枝さんが手配してくれた新幹線のチケットを握りしめ、再び地元へ帰る旅路へと向かう。つい最近、同窓会へ行く為に帰省したばかりなのに、こんなにも短期間にもう一度新幹線に乗るとは思ってもみなかった。
「はぁ──ついにアイデアノートを見てしまうのか」
 そう独り言を漏らし、指定席の座席に腰を下ろす。だんだんと速度を上げて景色が移り変わっていく車窓を眺めながら、これからの漫画家人生のことを冷静になって振り返ってみた。

 僕は、柊太の力が無ければ漫画家としてプロデビューできなかった。情けないかもしれないけど、それは自信を持って言える。小学生の時に初めて手が届いた奨励賞。中学生で今枝さんから受けたスカウト。週刊少年ネクストでの読み切り漫画。月刊配信ブライトでの連載漫画。常に柊太と手を取り合い、果てしない下積み生活を乗り越えてきた。
 そして──夢にまで見た、週刊少年ネクストでの連載漫画。ここから僕と柊太の漫画を、全国に轟かせていくんだ。そう思った矢先の、柊太の死だった。
 僕と柊太の漫画は、二人で一つ。分かたれた片方の力だけでは、それまで積み上げてきた実力なんて全くと言っていいほど発揮できない。そして、僕はその事実にずっと目を背そむけてきた。柊太の死も、自分の才能の無さも、認めたくなかったから。のらりくらりとペンを執り続けていたら、いつのまにか[連載打ち切り]という烙印が押されてしまった。当然の結果だった。
 出戻りした月刊配信ブライトでの連載漫画は、いわばラストチャンス。プロとして漫画を描き続けるなら、この場所で結果を出す以外に方法は無い。
「柊太……こんな形で助けを求めるなんて、情けないよな。だけど、もうこれしか無理なんだ。僕に力を貸してくれ──」
 誰にも聞こえないように小さな言葉を零し、ジッと足元を見つめながら俯く。他にもたくさんあった柊太との思い出を回顧かいこしながら、新幹線は地元の最寄り駅へ到着した。

 在来線に乗り換え、帰ってきた懐かしい風景。いや──ついこの間も見た。地元でだけ幅を利かす陽キャラに出くわさないよう気を付けながら、若干早歩きで実家へ向かった。
「ただいま~」
 無事に誰にも遭遇せず実家に到着し、玄関の引戸を開ける。
「あれっ? 辰希じゃない。今日は来るって言ってたっけ?」
 そう言って、驚いた表情を浮かべる母がこちらへ駆け寄って来た。
「母さん急でごめん。ちょっと部屋に忘れ物しちゃって──」
「そう。ご飯は食べてく?」
「あぁ~……。じゃあ、後で食べようかな」
「んっ、分かったわ」
 そんな短いやり取りを交わして、自分の部屋へ足を進めた。

「ふぅ……緊張してきた」
 自分の机に座り、引き出しから一冊のノートを取り出す。柊太が遺した[アイデアノート]。この五年間で一度も開かず、ずっと触れずに生きてきた柊太の思考の残骸。その中身と、僕は初めて対面する。
「柊太、本当にごめん。漫画家として情けない今を許してくれ。そして──どうかお願いだ。僕をまだ、漫画家でいさせてくれ」
 僕は本当に久しぶりに、柊太の思考と再会する。息をふぅっと大きく吐いて覚悟を決め、僕はノートの最初のページを開いた。

   *

 アイデアノートの中には、幾重にも重なる鉛筆の筆圧と、紙が少し毛羽立つほど強く消しゴムを擦こすった跡が何ページにも渡って残っていた。書いては消してを何度も繰り返し、試行錯誤を重ねながらアイデアを殴り書きした痕跡が、確かにここに残っている。
「柊太の筆跡だ──」
 静かにそう呟いて、丁寧にページをめくっていく。
 そして、その荒々しい思考の足跡の先──ノートの最後のページに、一切の迷いが無い筆跡で力強くタイトルが記されていた。

[昨日の僕を、君が殺して]

 透き通っているような、それでいて儚いようなネーミング。
 プロットの構成は、起承転結で箇条書きされている。思わず息を呑み、続きを目で追っていく。

 起:主人公は明日死ぬこと・・・・・・が決まっている少年。彼は、過去の自分を一日ずつ殺すことで、その分の寿命を他の人へ譲渡できる特殊能力を持っている。主人公は絶望した人々を救うため、次々と過去の自分・・・・・を殺していく。
 承:そうしていく内に、彼の存在は世の中から忘れられ、最後には透明な存在になってしまう。そして、自分が好きだったヒロインも、自分のことを忘れてしまう。
 転:しかし、期限である明日が迫る中、主人公はヒロインが不治の病に侵され、入院していることを知る。主人公はヒロインのもとへ急いで向かうが、彼女が眠る病室の前で静かに願う。
 結:ヒロインに、残りの過去を全て捧げる。主人公は完全に消滅してしまったが、ヒロイン含め、世界が平和になる。
 
   *

 まだ骨格しか描かれていないストーリーライン。「自己犠牲と救済」という、いかにも柊太が考えそうなテーマで、思わず笑みが零れる。
「久しぶりに、柊太の創り出した世界に触れたなぁ──」
 自然とそう呟いた次の瞬間。体中の血液が猛スピードで巡る感覚に包まれ、武者震いが止まらなくなる。

 こんなの、売れるに決まっている。僕は持参していたノートと鉛筆を取り出し、あの時の思い出をなぞるように──湧き上がる絵のイメージを思うがままに書き記し続けた。

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