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『戻り川心中』…日本ミステリ史上、最巧にして最麗の名花。

2021年5月1日 投稿

【バイヤーO】の「最後の挨拶」を、この作品を全力で推すことで代えさせていただきます。

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戻り川心中 傑作推理小説

著者名
連城三紀彦/著
出版社名
光文社
税込価格
586円

光文社文庫版解説、《本書『戻り川心中』は、我が国のミステリの歴史において、最も美しくたおやかな名花である。》という千街晶之氏の言葉に、これ以上付け加えるべきなにものもないと思いつつ、しかしこの傑作に対する絶えない賛辞の中に、我が思いもひっそりと混ぜさせてもらえませんでしょうか。


驚愕の奇想とテクニック、類を見ない華麗なる文体…連城三紀彦という異能

本書の作者、連城三紀彦(れんじょう・みきひこ、1948~2013)は名古屋市出身、1978年に『変調二人羽織』でデビュー。
探偵小説誌「幻影城」の新人賞出身として、泡坂妻夫、栗本薫、竹本健治ら、オリジナリティ溢れる多士済々の同門の中で、また圧倒的な個性を放つ光芒です。

その作風を特徴づけるのは、まずは騙りのテクニック。「七度も殺され、今まさに八度めに殺されようとしている」という手記の謎をめぐる『どこまでも殺されて』、世界的モデルの死に、容疑者の七人ともが「自分が殺した」と思っているという『私という名の変奏曲』など、トリッキィなアイデアを中心にしたミステリにおける代表作は、サスペンスフルな翻弄と、真相の衝撃で忘れ難い印象を残します。

そしてもう一点は、華麗な文体による叙情と緻密な心理描写、それによって織り成される耽美的な物語性です。
たとえばこんな文章。

《青年の横顔に夏の最後の光が当たっていた。いや、もうすでに夏は何日も前に終わっていて、それは秋の最初の光だったのかもしれない。東京ではもうそんな風に束の間かすめ通る風のようにしか季節を思い出せないのだった。だが、どのみち東京の季節はこの一年間無意味だった。彼女は青年の体を通してしか、秋の褐色を、冬の灰色を、春のあたたかさを、夏の燃えさかる光を、見ようとはしなかったのだから。そこは高速道路に囲まれた都会の、死角のすきまに棄てられたような小さな公園だった。》
(『恋』、幻冬舎文庫版28-29p)

こんなオトナな文章と描写、少なくともミステリのジャンルでは異端でしょう…引用作はミステリじゃないですけど。
恋愛小説にも活躍の場を広げ、『恋文』で直木賞を受賞しているように、マニアックなミステリのジャンルを離れても、高く評価される小説家としての手腕。それがミステリとしての独創性に加味されたら、面白くないわけがなく…。

そして、そうした異能の結実した「連城ワールド」の、最も美しく、せつなく、官能的で、退廃的で、衝撃的な傑作が、本書『戻り川心中』なのです。


五つの花が彩る、五つの恋と死の風景。「花葬シリーズ」の叙情に酔う

《色街には、通夜の燈がございます。》(「藤の香」、9p)


本書を構成するのは五つの短編、「藤の香」「桔梗の宿」「桐の棺」「白蓮の寺」「戻り川心中」。
物語に直接の関連はないものの、それぞれに花がモチーフとされ、明治~昭和初期の近過去を舞台にしたこれら「花葬シリーズ」は、いずれ劣らぬプロットの巧緻と衝撃、遊郭や任侠世界、文人の心中といった退廃的な世界を哀切に描く叙情性で、連城三紀彦という作家の美質が如何なく発揮された代表作です。
引いた「藤の香」の書き出しは、《拙僧が殺めたのだ》(京極夏彦『鉄鼠の檻』)と、《1968年に東京の北多摩に生まれた橋本響一は、26歳の時に神を映像に収めることに成功した。》(古川日出男『13』)とに並んで、私がただ三つだけ暗記している小説の書き出し。こんな調子で心惹かれる美文がたっぷり。
物語のすべてを紹介する紙幅はないため、個人的に一番好きな表題作について若干ご紹介いたします。

二度の心中未遂事件を基にした二冊の歌集を遺し、自害した大正の天才歌人・苑田岳葉。その波乱の生涯の謎が、ふとしたきっかけから全く異なる相貌をもって解き明かされる、いわば文芸ミステリ「戻り川心中」。
文人の自殺や倫ならぬ恋という退廃的な題材を扱いながら、隅々にまで行き届いた美意識は整然と完成されていて、美しく哀しい物語に酔わせてくれます。
しかしやがて、あるささいな、しかし印象的な「手がかり」から、それまで見えていた物語、その中心にある謎はがらりと反転し、圧倒的な情念の物語が姿を現す…「物語に酔う」感覚から、一気に覚醒を促され、描かれるすべての事実とその意味付け…すなわち「推理」から目が離せなくなる、おそろしく吸引力のあるミステリへの変貌。連城三紀彦の魔術的な手腕を堪能できる、至福の読書体験が約束された一編です。国内短編ミステリでは、間違いなくオールタイムベスト5に入るでしょう。

読まずに死ねません。


いずれ劣らぬ珠玉の名品。実は「花葬シリーズ」は八作あるぜ!?

…と、個人的には「戻り川心中」が偏愛ですが、「桔梗の宿」も儚くてせつなくて最高だし、「桐の棺」もミステリにおける耽美表現の極北ですね…そしてさらに、「花葬シリーズ」はもう一冊の作品集が編まれているのでした。

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夕萩心中 傑作推理小説

著者名
連城三紀彦/著
出版社名
光文社
税込価格
638円

残りの三編、「菊の塵」「花緋文字」「夕萩心中」はこちらに収録されています。
これはもう全部読む以外に選択肢がないので、光文社文庫様ぜひ末永く刊行をお願いいたします。八編コンプリートされていたハルキ文庫版が重版されてもいいんですけど(私は初読はハルキ文庫版、八編一気に読んで打ちのめされました)。

日本のミステリ、いや文芸史上に屹立する華麗なる異能、連城三紀彦。その美意識の結実した、最巧にして最麗の名花。安心して虜になってください。


書いた人:バイヤーO
ミステリ好きバイヤー。
連城先生は名古屋のどこでこの感性を涵養されたのでしょう…。
私も名古屋在住二十年を経て中国地方へ転出することとなりました。これまで読んでいただき、ありがとうございました。

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