1話
「僕ね、最近カメラが趣味でよく綺麗な景色を撮りに行くんですよ。コロナも落ち着いて観光客も増えましたし、人気のスポットはどこへ行っても賑やかで。最近行った場所だと──」
あぁ……つまらない。心の中でそう呟きながら、溜め息を漏らしたくなる退屈さをグッと堪えて一方的な話を聞く。
周りの声も程よく響き渡る、昼下がりのカフェ。今日初めて会った男性と、テーブルに並べられた二つのコーヒーを挟んで対峙する。
私をほったらかして、ひたすら自分の話ばかり。さほど興味が湧く話題でもなく、こちらに分かりやすいよう嚙み砕いて伝える努力も無い。頑張って話そうという必死さは伝わるけど……その必死さが、一周回って煩わしい。
私と同い年で、文房具メーカーの営業マンをしている佐野 雄吾君。女性慣れしていないところが初々しいけど……引っ掛かりがないというか、いまいちビビッと来ない。彼の話は要点だけ聞いておいて、あとは聞き流しても問題無さそうだ。
「そうなんですね! 私は知らない世界だから憧れちゃうな~」
あたかも興味津々かのような口調でそう返事をすると、向こうは「い、いやぁ──なんだか照れますね」と言い、分かりやすく視線を逸らした。
そう、みんな似たような反応をする。相手の承認欲求を満たしつつ、どんな話題にでもほぼ対応できる便利な言葉だからだ。最低限の出力で頭を回していれば、会話の辻褄が合わなくなることはない。マッチングアプリで出会ってきた今までの男性には、この同じセリフを何度も使ってきた。
いや──”演じてきた”と表現した方が正しいか。
この先、お付き合いするのか、それとも今回限りで会うのをやめるのか。どちらにせよ、自分の印象は悪くしたくない。主導権は常にこちらが握り、あくまで最後に選ぶのは自分でありたい。そう思って、毎回こういう席に向かっている。
「じゃあ私、これから用事あるんでそろそろ──」
そう言って、飲み干した自分のコーヒーカップを横目に立ち上がる。伝票へ向けて伸ばした手の近くで、まだ半分ほど残っている彼のコーヒーカップが一瞬だけ視界を掠める。
「あっ、そうなんですね。もう少し桜子さんとお話できればと思ったのですが……」
「私もです~ごめんなさいっ」
彼の落ち込んだテンションに合わせるよう、こちらも悔やむような口調で言葉を放つ。そして、心の中で「また演じてしまった」と少しだけ後悔した。
もちろん用事なんて何も無い。だけど──多分、もう彼と会うことは無いだろう。直感でそう思ってしまう男性に時間を費やすほど、人生は長くないんだ。
「じゃあ、行きましょうか。雄吾君の最寄り駅、こっちですよね?」
「あっ、はい」
会計を済ませて、二人で店を出る。
”家に帰るまでが遠足”と、小学校の先生によく言われたものだけど……今回それを当てはめるなら、出会ってバイバイするまでがマッチングアプリ。男女の交流は、別れ際の最後まで気が抜けない。
「じゃあ……桜子さん、また──」
「うん。またね、雄吾君」
最寄りの駅前まで一緒に歩き、別れの手を振る。「また」は余分だったかな──と少し後悔したけど、まぁ印象を悪くするよりかはマシだろう。
カメラ好きという情報だけ覚えた雄吾君。彼の背中を見送り、見えなくなったことを確認した途端……どういうわけか、深い溜め息が零れる。自分から望んでカフェへ行ったのに、なぜか解放された気分で満たされた。
「ふぅ……今回は空振りってとこかしらね」
そう呟いて、踵を返すように振り返って駅とは反対側の方向へ足を進める。もちろん私も電車に乗るけど、さっき別れたばかりの彼と鉢合わせるのは気まずい。数駅歩いた先の、別の路線が走っている駅まで歩いて向かうことにした。
そして、数時間見ていなかったスマホをポケットから取り出す。画面には[新着メッセージ二件]という、マッチングアプリからの通知。今度は溜め息ではなく、自然と笑顔が零れた。
「さて──次はどんな人が待ってるかなぁ」
未読になっている言葉の羅列を見つめながら、自分に向けられた興味に対して優越感に浸る。
気持ちは既に次の人へ向いている。ついさっきまで彼と交わしていた会話は、もうほとんど忘れた。
