6話
初回のデートを、一流とも言えるおもてなしで出迎えてくれた本多さん。弁護士というこの上無い職業に就きながら、実家も太い彼には好印象しかない。
正直、爆発的なドキドキや刺激は無い。だけど、結婚に向いている男性というのは案外そういうものなのかもしれないと思う。二十代前半あたりまでに体験してきた恋愛は、いざ結婚に当てはめるとさすがに現実的ではない。ジェットコースターのように乱高下を繰り返すこじれた恋心や、自分でも抑えられないような「好き好き!」という感情は、もう過去の話だ。それに、私が求めている安定性とはかけ離れる。だからこそ、結婚という着地点には、実は本多さんのような男性が適任なのだ。
食事の時の感触も悪くなかった。私に対しても印象は良かったはず。あとは釣り竿のリールを巻いて、釣り上げるだけ。彼が完全にエサに食いついてくれれば、今度こそゲームは終了だ。
ところが……あとは出来レースだと思っていた筋書きが、またしても徐々に歪み始める。
[本多さん、こんばんは。お返事ずっと無いですが、仕事忙しいですか?]
向こうのメッセージがあまりにも遅く、耐えかねてこちらから追いメッセージを送信する。既読は付いているので読んでいるとは思うけど……前回の送信から、今日で四日目を迎えていた。
元々返信は早い方ではなかった。実際、会話を広げてもそれほど盛り上がりはしないから、私も頻繁にやり取りをしようとは思っていない。しかし……これほどレスポンスが遅いとなると、次の食事の予定はおろか、普段の様子さえ分からない。最初のデートまでは一日に一通か二通くらいはメッセージが来ていたので、無視はされていないにしても確実に速度は遅くなっている。
「はぁ……仕事忙しくても多少は返せるでしょ」
そんな独り言と溜め息が漏れる。
ある意味これもマッチングアプリあるあるではあるのだけど……相手の好みにハマっていないと、途端に相手のレスポンスが悪くなる。とは言え、いきなり連絡をしなくなるのは角が立つから、惰性で返信を繰り返して徐々に連絡スピードが遅くなる。私も逆のことを何度もしてきたから、その気持ちはよく分かる。あっ、前回の海斗君のように連絡をブチっと断ち切ったのは例外だけど。
ただ……自分で言うのも変だけど、心当たりが無い。あの日の言動を振り返っても、特に相手の機嫌を損ねることはしなかったはず。
しかし、行動に変化があったということは、心境にも変化があったということだ。本多さんの心の中で、私に対する見方が変わった。それが、私自身に原因があるのか、それとも本多さんの中に気持ちを揺らがす何かが起きたのか……それを確かめる為に追いメッセージをした。結局、その日も既読は付かなかったけど。
そして──待つこと一日。翌日になってようやく、返信が返ってきた。
短い通知音が鳴ったと同時に、スマホを手にする。すると……久しぶりに届いたメッセージに、私は思わず言葉を失った。
[桜子さん、ごめん。他に気になる人ができた。]
心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に襲われる。「えっ……」と短い絶句がポトリと落ち、それからは何も考えられなくなる。
なぜ? じゃあ私とのデートは何だったの? 複雑に絡み合った感情がいくつも溢れすぎて、フリックする指の感覚が薄くなる。
[その女性は本多さんの家柄や年収で良いと思ってるだけじゃない?]
かろうじて絞り出した文面は惨めなものだった。自分のことは棚に上げて何を言っているんだと思う。もはや負け惜しみですらない、ただの鋭利なブーメランである。
するとほどなくして、本多さんから返信が届く。今回は珍しく数分後だ。
[その人へは僕のステータスは伝えていないんだ。]
どういうこと? と直感的に思う。そして、そのまま[どういうこと?]と思ったことをメッセージに乗せて送信する。
すると──女性慣れしていないと思っていた彼から、核心を突く言葉が飛び出す。
[前々から気になってた。アプリで出会った女性達は、僕の学歴や年収を伝えた途端、態度が変わる。桜子さんもそうだった。だから、それを明かさなくても付き合っていける女性を探すことにした。そして見つけたんだ。]
私は膝から崩れ落ちた。まるで自分の醜い部分を鏡で見せられているようだった。
ぐうの音も出ない。向こうも抜け目無く、同時並行で他の女性を見極めていて、そして私は競争で脱落した。手のひらで踊らされているのは、私の方だった。
[分かりました。では、残念ですが今回はご縁が無かったということで。]
自分から願い下げるような言い方をしたけど、実際は私の完全敗北。そのメッセージを最後に、彼から連絡が来ることはなかった。
