1話
もしもこの世に「才能」というものが存在するのなら──それが枯渇することはあるのだろうか、と思う。やっとの思いで手に入れたとしても、新たな才能の持ち主が自分の背後へ次々を迫り、そして追い抜いていく。だけど、流行り廃りが目まぐるしく入れ替わるクリエイターの世界では、ある意味それは自然の摂理なのかもしれない。
であれば僕は差し詰め、新参者に淘汰された旧型。所謂、オワコンと言ったところだろうか。誰に言われたわけでもないのに、最近そんな被害妄想に近い感情が渦巻くようになった。
武器を失い、丸腰になった漫画家。それが僕の本当の姿だ。
そろそろ潮時も近いかもしれないと思いながら悲観的な日々を送っていた、そんなある日。[根岸 辰希 様]と書かれた一枚のハガキが、一人暮らしのアパートの郵便受けへ投函されていた。
「同窓会のお知らせ、かぁ……」
裏面には出席か欠席かの問いと共に、自分がかつて通っていた中学校の校舎が写っている。卒業してもう八年も経つのかと思うと感慨深い気持ちもあるけど、正直あまり気は進まなかった。大して友達が多いわけでもなかったし。いや……当時から漫画ばかり描いていた僕には、一人しかいなかった。唯一の友達であり、一番の相棒であったあいつが──。
別にご丁寧に欠席で返送する必要も無いかと思っていたけど、担当編集である今枝さんに「気分転換に行ってきたらいいじゃない」と言われてしまい、渋々ながら出席に丸を打ってハガキを返送した。今枝さんも分かっているのだ。週刊少年ネクストで連載している僕の漫画、実は徐々に人気が落ちてきていることを。
行った先で打開策があるとは思えないけど、気晴らしついでに何かきっかけくらいは掴めるかもしれない。そう思って、家のクローゼットに長らく眠っている余所行きの衣服を取り出した。
*
新幹線と地元の電車を乗り継いで、帰ってきた懐かしい風景。上京してからは年末年始でさえたまにしか実家に帰っていなかったから、ここに来るのは本当に久しぶりだ。
ハガキに書かれていた同窓会会場の住所へ向かう。そこには、年季の入った古民家を改装して作られたオシャレなカフェが建っていた。ずっと地元へ帰っていないと、こういう新しい変化に気付かない。まぁ、特に寂しいとも思わないけど──。
受付を済ませて中へ入ると、そこはビュッフェ形式で食事を楽しむ広い空間だった。ウェルカムドリンクの細長いグラスを受け取り、おそらく幹事であろう同級生の威勢のいい掛け声で乾杯。あんな明るい陽キャラとは住む階層が違っていたから、そもそも誰なのかよく分かっていない。
そして、やはりと言うべきか……開宴してしばらくして、僕の周りにちらほらと同級生が寄ってきて話しかけてきた。
「根岸聞いたよ~漫画家としてデビューしたんだって?」
「えっ? あぁ、まぁ……そうだよ」
「しかも週刊少年ネクストだもんな~俺らも中高生の時読んでたもん。まさか同級生でこんな有名人が出るとはな~。俺らも鼻が高いよ!」
「ははっ、それはどうも……」
勝手に盛り上がるのは結構だけど、中学時代の僕のことなんて全く眼中になかっただろうと心の中で蔑む。自信に満ち溢れてキラキラとした雰囲気を纏う人間は、僕にとっては水と油というか……どうも昔から苦手だった。
せめて食事は一人で楽しもうと、さりげなく人の輪を抜けて料理を取りに向かう。すると──どこからか聞こえてきた名前に、僕は耳を傾けずにはいられなくなった。
「そう言えば、奥田君だっけ。あの子、病気で亡くなっちゃったんだよね? 今日来られないの残念だったなぁ」
関係が薄かった彼らにとっては、その奥田君は雑談程度の話題にしかならないだろう。だけど、僕は違う。漫画を描き続ける僕にとっては、なくてはならないかけがえのない存在だった。
奥田 柊太。僕の唯一の友達であり、一番の相棒。僕が作画を担当し、柊太がストーリー構成全般を担当する。僕の漫画に登場するキャラクターがどんな行動をして、どんな感情を抱き、そしてどんな物語を展開していくのか。それらを全て決めていたのは柊太だった。そして僕は、柊太が作成したプロットをもとに、漫画という形で原稿に命を吹き込む。僕の漫画は本来、僕と柊太の二人がいないと完成しないのだ。
「柊太──」
そう呟いて、広いテーブルの前に一人でポツンと座る。普段の食生活とは不釣り合いに見える豪勢な料理を頬張りながら、柊太がいた頃をぼんやり思い出した。
もしもこの世に「才能」というものが存在するのなら──僕の場合は、枯渇したのではない。明確に欠如したのだ。柊太がこの世を去ってから、早いもので五年の月日が流れた。そして僕は、プロの漫画家になっても尚、柊太が持っていた才能に変わる何かを補えないまま。気が付けば仕事は減り、今描いているネクストの連載だけになってしまった。
同窓会で気分転換をするつもりだったのに……。いつの間にか僕は、かつての相棒との思い出に浸りながら、静かに食事をするだけのモブキャラになってしまった。
