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『神様のプロット』第7話

2026年7月31日 投稿

7話

 同窓会での満腹感が抜けないまま、一人住まいのアパートで目を覚ました。
 窓から差し込む朝日に、目を細める。いつもより眠い。体も重い。普段あまり口にできない豪勢な料理だとはしゃぎすぎて、脂っこいものばかり食べてしまったことを翌日の今になって後悔した。

「あっ──。約束の時間、大丈夫だっけ」
 昨日、実家で受け取った今枝さんからのメッセージを不意に思い出し、枕元に置いたスマホを慌てて確認する。ぐっすり眠ったと思っていたのに、時刻はまだ朝の七時だった。
「あれ……もっと寝たと思ったけどな」
 本当はここから二度寝したいところだけど、今枝さんから届いた文章の冷徹さを思い出すと、どうも目も頭も冴えてしまって仕方がない。重い体を力いっぱい起こし、気の抜けた大きなあくびを一つ。寝ぼけた気だるさが抜けないまま、外出する準備を始めた。
「今日は──普通の私服じゃない方がいいよな」
 クローゼットを開け、余所行きの服に手を掛けようとする。
 だけど……今日はなぜだか無性に、嫌な予感がする。多分だけど、ラフなコーディネートで行ってはダメだ。僕はその奥にある、本当に数回しか着ていない綺麗めなジャケットのセットアップを取り出した。
 約束の時間までじっくり時間をかけて、ボサボサに爆発している寝癖を直し、菓子パンだけの朝食を済ませる。どこか地に足が着いていないフワフワした感覚に苛まれながら、僕はアパートを出発した。

   *

 山手線と地下鉄を乗り継ぎ、流れていく外の景色をボーっと眺める。地下鉄の区間は真っ暗だけど……。創冠社の本社へ行くのは本当に久しぶりだった。
 普段の仕事のやり取りはメールで済ませているし、原稿も今はネットサーバーに保管していくので、仕事は全て自宅で完結できてしまう。元々の出不精でぶしょうな性格にさらに拍車をかけるような仕事のスタイルだと、自分でも思う。もし柊太が隣にいたら、嫌でも外へ連れ出してくれていたかもしれないけど──。
「……変なタラレバを考えるのはやめるか」
 そんなことを思いながら、ゆらゆらと電車に揺られていると──創冠社の本社がある最寄り駅に到着する。決して軽くはない足取りで前へ進みながら大きなビルに入り、編集部のフロアまでエレベーターで移動した。

「ここに来るのは久しぶりですね、根岸先生」
 そう言って僕を出迎えた今枝さんの表情には、いつもの明るい笑顔が一切無かった。促されるままに案内されたのは、いつも使っている開放的な打ち合わせスペースではなく、オフィスの空間から遮断された会議室だった。
「根岸先生、いつもジャケットなんて着てましたっけ?」
「えっ? あぁ──今日はセットアップ着たい気分だったんだ」
 当たり障りのない僕の言葉をあしらうように、彼女は小さく微笑んで頷く。そして、対面で向き合う形でお互い座ると──今枝さんは正面から僕の目をまっすぐ見据えてきた。
「さっそくですが、根岸先生。今日は非常に残念なお知らせです」
 深刻そうな表情で、それでいて改まった口調で今枝さんは話を切り出す。僕は覚悟を決めて「はい」と返事をする。

「週刊少年ネクストで連載している根岸先生の漫画ですが──打ち切りが決定しました」

 二人きりの会議室に、まるで水を打ったような嫌な静寂が流れる。
「……」
 こうなることは、ある程度は予想していた。だけど、いざ言葉にされると……心を鋭利な刃物でグサッと刺されたような、息苦しさや悔しさが溢れ出てくる。
 柊太と二人で、ようやく掴んだ夢だったのに。僕だけでは、それにしがみつき続けることができなかった。流行はやすたりが目まぐるしく入れ替わるクリエイターの世界で、僕は新参者からの追随を許してしまったのだ。

 会議室の雰囲気に痺れを切らしたのか、今枝さんは咳払いを一つ零し、会話を再開させる。
「ここのところ、単行本の売上が伸び悩んでいます。ネクストで連載中の他の漫画の中でも、人気ランキングは中位から下位を行ったり来たり。正直、厳しい状況が続いていました」
「はい……僕も薄々感じてました。自分だけの力では、もう通用していないこと」
「現在連載している漫画は、おおむね四話くらいで完結するようにしてください。上層部へは何度も何度も掛け合ったのですが……力及びませんでした。本当にすいません」
 そう言って、深く頭を下げる今枝さん。
「あ、頭を上げてください今枝さん! 力が及ばなかったのは、紛れもなく僕の方ですから……」
 そうだ。僕の漫画にもっと人気があれば、今枝さんにここまでさせることはなかった。彼女の期待を裏切ってしまった申し訳無さで、胸がはち切れそうになる。

 しかし今枝さんは、僕の言葉を受け止めるように数秒の沈黙を置いた後──確かな意志を持った表情で顔を上げた。
「ですが──根岸先生、私はあなたをここで終わらせるつもりはありません」
 その瞳の奥には心なしか、反撃の狼煙のろしのような微かな情熱が滲んでいる。
「それからまた何度も掛け合って、月刊配信ブライトの枠を一つ使わせてもらえるようにしてもらいました。ネット配信からの再スタートですが──また一緒に、泥臭く這い上がってやりましょう。私も全力でサポートしますので」
 僕も今枝さんのその視線を、まっすぐ見つめ返す。
 かつて下積みを続けたブライトへの逆戻り。だけどある意味、自分の漫画を見つめ直すには、ここしか無いのかもしれない。
「はい──。必ずもう一度、這い上がってみせます」
 柊太と掴んだ夢を、ここで終わらせるわけにはいかない。僕は今枝さんの言葉に、ゆっくりと深く頷いた。

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